便器と配管とダイナマイツ

 帰宅した俺を待っていたのは、便器の上でふよふよと浮かんでいる、翼を持った体調10センチほどの小さな蛇だった。

 色とりどりの柔らかそうな羽毛に覆われた翼は大人の掌くらいで、親指ほどの太さの胴体は真珠のように輝く白い鱗に覆われ、エメラルドのような翠のつぶらな瞳がこちらをじっと見つめている(多分)

 その謎の明らかに生物ではない後光を放っている何かは魅惑のショタボでこう言った。


「なんだ、今頃帰って来たのか。いったいどんだけ道草くってたんだ?」


 お前に言われるいわれはない。

 などと言えるはずもなく、未知との遭遇を果たした俺は絞り出すような声でこう訊ねるのがやっとだった。


「ど……どちらさま……??」


「見ればわかるだろう? 俺は18代目ケツァルコアトルだ」


 いや、見てもわからんから訊いているんだが。

 ……ん? 待てよ?

 ケツァルコアトルと言えば……


「……ああ、翼竜の。ずいぶんとちっちゃいんですね」


 卵から孵ったばかりだとこのくらいなのだろうか?

 図鑑で見た想像図は巨大でもっとツルツルした印象だったが、実物はこんなにもふもふしてなんか後光がさしてるんだな。


「いやそれ勝手に俺らの名前使われてるだけだから。縁もゆかりもないから」


 ぱたぱたと羽ばたいているのは、人間なら手を振っているような感覚なのだろうか?

 妙に神々しい見た目と違って、かなり気さくな性格らしい。


「それで、その18代目ケツァルコアトルさんが俺にいったい何の用で?」


「うん。今ちょっと一人前の神になるための通過儀礼として世界を作ってて。それでお宅のトイレの配管を簡易的な対消滅炉につないでみたんだけど……出力調整のためのリミッターに不具合があったみたい♪(てへぺろ)」


 ……蛇の「てへぺろ」なんて初めて見た。俺はその衝撃が強すぎて、何を言われているのかさっぱり頭に入ってこなかった。


「不具合……?」


「いや~、一回のウ〇コの量が多すぎると余剰エネルギーが逆流してトイレごと転移しちゃうみたいなんだ。参った参った。なんか怪我とかなかった?」


 ……対消滅炉?

 ウ〇コの量によってリミッターが作動して異世界転移??

 ……何を言ってるのか単語だけは耳が拾ってくるのだが、脳が理解を拒んでいる。


「あ~もう、勝手に人のトイレ使わないでよ!!」


 俺が口をあんぐりと開けたまま頭の中を真っ白にしていると、いきなり便器の中から人の頭のようなものが生えてきて、女の声が狭い個室内に響いた。

 「〇パァ~ン(はぁと)」なんて台詞が似合いそうな、どこか鼻にかかったセクシーボイスである。


「トラソルテオトル……っ」


 ケツァルコアトルが何とも嫌そうな声でその名を呼ぶと、その人の頭モドキは顔を上げ、こちらを見てニヤリと笑みを浮かべてずるりと便器の中から這い出てきた。

 現れたのは、額に白い飾り布を巻き、糸巻を刺した黒髪の女性。

 アーモンド型の濡れたように光る蠱惑的な瞳といい、黒いルージュを塗られたぼってりとした唇といい、溢れる色気で見ているだけでむせ返りそうだ。今はまだ上半身しか見えないが、ほっそりとした華奢な肩や腕とは対照的にボリューミィなお胸に、ついつい視線が釘付けになりそうだ。

 ……出てきたのが便器の中じゃなければ、思わず襲っていたかもしれない。


「……お知り合いですか?」


「ど……同僚……みたいなものかな……?」


 ちょっと気まずげに目をそらすケツァルコアトル。


「ちょっと……無視しないでよ。人のトイレに勝手に手を出しておいて」


 下半身がまだ便器に埋まったままのトラソルテオトルが唇を尖らせて抗議する。


「人のトイレって……これ、俺んちのトイレですよね?」


 思わず気弱になって問いただしてしまったが大丈夫だろうか?

 そんな情けない俺の姿を見たその女性っぽい何かは深々とため息をついて驚くべき事実を語ったのだった。


【次回予告】

突如現れたもふもふ蛇と便器から出てこようとする女。

彼らは一体何者なのか。

何のために人んちのトイレを奪い合っているのか。

謎が謎を呼び、俺のスキンヘッドはますます毛根を死滅させる。


次回、成人式とトウモロコシと原初の火

キャンプファイヤーの準備をしながら待て!!

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