後編

「……ヨタ様。一つ気になることがありまして……」


 ハチロウは首を傾げた。


「実は転生された方は、ここに前の世界でのお亡くなりになられた原因が書かれてるんですが……多くの方は事故とか突然死、病死などと書かれます」

「……」

「こちらには……縊死とありますが?」


 ハチロウの顔が突然強ばった。エレティアは続ける。


「……別にどのような原因でも構わないのです。ただ……」

「ただ……?」

「今のこのお時間は、ヨタ様がこれからこの世界で生きて行かれるためのガイダンスを行う時間なので」

「……そうだよ?でも、死因は転生には関係ないだろ」

「そうです」


 エレティアは頷いた。


「ですから、別に構わないのです」

「なら、なんで聞いたよ?」


 エレティアはそのハチロウの言葉が耳に入っていないように、自分の言葉を続けた。


「それから、ヨタ様が願われた内容ですが、セダ神が付与された加護というか、お力が付いていますね。筋力が五倍、魔力は平均的な人間の二十倍。剣術の才能と、魔法技術の才能や、錬金術師としての才能ですね」

「そんなに!?」


 ハチロウの声が弾む。


「はい、ヨタ様の言われる『ちーと』とでもいう言うべき才能が見受けられます。ただし、才能に関しては、あくまで素質の話ですから、開花するまでには時間と努力が必要ですけど」


 エレティアはなんとなく素っ気ない。

 ハチロウは少し不服そうに頷いた。


「うまい話はないもんだな。異世界でも」

「でも、とは?」

「……さっき縊死の話したろ?何でか分かる?」


 エレティアはただ押し黙った。


「……前の世界の話さ。俺が死んだのは二十七歳で、お察しのとおり……というか書いてあるのか……自殺だよ」

「……ご自身で命を絶たれたんですね」

「ああ……俺が小さい頃に父親が亡くなってね。俺と妹の二人を、母親が女手一つで育ててくれた。けどやっぱり子供の時からイジメに遭ったよ……貧乏だったからね」

「イジメ?……」

「ああ、この世界じゃ通じないかな?まあいい。嫌な目に遭ったってことさ」

「……それで?」


 エレティアは静かに続きを促した。ハチロウは肩をすくめた。


「……それでも立派に育ててくれた。俺は働きながら通った学校を無事に卒業して就職したし、妹も大学を出て就職して、それから結婚の話が持ち上がってた。そんなときに学生の頃の同級生に出会ったんだ。俺もいろいろ上向いてきてた時期だったから、油断してたのかもしれない……」


 ハチロウは一気にそこまで話すと、カップに手を伸ばし冷め切ったお茶を飲み干す。

 それを見たエレティアは、ポットに手を伸ばし両手で挟み込むようにした。すると、ポットから再び湯気が湧き始めた。

 ハチロウが何か言いかけたが、彼女は機先を制して「簡単な生活魔法ですよ」と言ってポットの中身を空いたカップに注いだ。ハチロウはもう一度カップに口を付け、テーブルに戻した。

 そして、視線を落とした。


「……妹の結婚資金の足しにするつもりで貯めていたお金をだまし取られた。おまけにその日に、母親が倒れたよ。深刻な病気で治療をすれば助かるが大きな金がかかる。そして、保険……は分からないか。そうだな。僕が死ねばお金が手に入るようにしていた。あとは……分かるだろう?」

「そうでしたか……」

「なかなか上手くはいかないな。今度はやり直せると思ったんだけど。チートな力があれば、今度は楽に生きられるって」

「……確かに、能力があれば楽に生きられると思いますよね」


 エレティアは少し虚ろな瞳を空に向けると、少し考えるようにしてから言った。


「……違うのか?」

「違いませんよ……昔ならば」


 エレティアが突然立ち上がった。ハチロウは驚いて視線を上げ、エレティアを凝視した。彼女はハチロウの視線に気づいている素振りも見せず、分厚いカーテンが引かれたままの大きな窓に近づいた。


「先ほど申し上げたとおり、この数百年あまり、たくさんの転生者が現れました。なかにはヨタ様のように才能や技術に秀でた方がたくさんいらっしゃいました。いや、ほとんどの方が何かしら力を持って転生されました」


 エレティアの右手が白いカーテンに掛かる。


「知識であったり特殊な技能であったり、単純ですが莫大な力や魔力……先ほどのお茶なんかも知識によってもたらされたものですね」

「……」

「あなたのように一般人……とでもいうべき人がほとんどですが、中には技術者であったり知識人であったり……そんな人もそれなりにいました」


 ハチロウはそこまで聞いて、顔をしかめた。

 なんとなく想像が付いてしまったのだ。この先エレティアがなにを語ろうというのか。それは、嫌な予感というものであり、確実にハチロウには聞きたくもない話だと思えた。


「そんな人が集まればどうなると思います?野望を持つ人、自分勝手な御仁。それはいろいろな方がいらっしゃいました。まれにお一人、二人となれば、この世界が滅ぶか、英雄となって世界を救うか……ですが、牽制力が働くほど集まれば……」

「ああ……」


 ハチロウは頭を振った。エレティアは再び穏やかに微笑んだ。


「こうなりますよね?」


カーテンが引っぱられ、レールを走る音が部屋の中に響いた。美しい銀の枠に囲まれた窓ガラスが顕わになる。よく磨かれたガラスはまったく存在感を示さず、外の景色を透過させていた。


「……!?」


 ハチロウは息を呑んだ。

 窓の向こうにあったのは、ハチロウがよく知る景色にそっくりだった。ファンタジーめいた王宮のような造りの部屋の中とは不釣り合いなほどの、未来的な建物や構造物の集まりだった。

 いや、ハチロウの基準では未来的ではなく、現代的というべきだろうか。

 コンクリートのような材質のビルの群れに、車の走る高速道路や鉄道の線路のための高架が張り巡らされている、よく知っている景色だった。


「聞いた話だと百年です」

「百年?」


 ハチロウはオウム返しに訊ねた。


「あなた方の世界での千年以上分の進歩を、この世界では百年で成し遂げたそうです」

「……じゃあなんで、僕はこの世界に呼ばれたんだ?」

「それは……」

「そりゃ、神様は言ったさ。たくさんある世界のエネルギーのバランスをとるためだと」

「……我々もそう聞いています。すべては神様の思し召しと」

「ふざけるな!だったらなんでこんな力を授かったんだ!僕はこの世界でやるべきことがある筈だろ!?」


 高架の遙か上を、大型の白い飛行機が飛んでいき、大きな音と共にガラスをビリビリと震わせた。さらに、サイレンを鳴らした車とおぼしき機械が、高架の上を疾走した。


「ヨタ様。正直に申し上げればあなたに付されたその力は、この世界では特別なものとは言いがたいかもしれません。ですが、あなたはその力を持つことで、この世界では少なくとも不自由を軽減して生きていくことが出来るはずです。私はそれを手助けするためにあなたをここでお待ちしていたのです」


 エレティアはそう言って、胸の前に広げていたバインダーをパタリと閉じた。


「あなたにはたくさんの選択肢があります。前の世界では最後の選択肢をとらねばならなかったかもしれませんが、今のあなたは、たくさんのものになることが出来ます。なにかを成し遂げることが出来ます。それには努力が必要ですが、あなたはその努力を放棄するんですか?」

「魔法を使えるんだから、楽に生きていけるんだよな?」

「残念ですが、この世界において、魔法は科学の一部です。あなたの先達のチートな力によって、様々な解明が成され、共有化されたんです。あなたに与えられた力は可能性を秘めていますが、そのままでは特別な力ではありません。才能だけで生きるには、あなたは遅すぎたんです」

「……」


 ぐうの音も出ないとはこの事かもしれないとハチロウは思った。

 がっくりとうなだれる。


「人の前には常に可能性があります。得てして人には見通せないことが多いですが、あなたの能力はその可能性をたぐり寄せられるんですよ?」


 エレティアは再びハチロウの向かいの席に腰を降ろした。そしてバインダーを閉じると、ポケットから懐中時計を取り出し、つまみを捻って蓋を開く。文字盤が現れ、彼女はそれを覗き込んだ。

 それをぼんやりと眺めていたハチロウは、突然、我に返った。


「その時計……」


 文字盤には長針短針と、見覚えのある文字が刻まれていた。それは、世界的に有名な時計メーカーのロゴだった。


「ああ、これですね?」


 エレティアは文字盤をハチロウに向けて言った。


「私もなんですよ」


 そして、バインダーに挟んであった金属製のタグを抜き取った。


「お時間です」


 そう言ってタグをハチロウに渡した。


「これがあれば、この街にいる限りは生活の為に便宜が図られます。いつまでもと言うわけには生きませんが自立されるまでは、とお心得ください」


 エレティアは立ち上がった。そして、ハチロウを促すと、閉じたままだった扉に向かって歩き始めた。ハチロウもよろよろと立ち上がり、彼女の後ろを歩き始めた。


「ヨタ様。これはあなたが前の世界で掴めなかったものを掴むチャンスだと思ってはいかがでしょう?あなたには力が与えられているんですよ。本当は気が付かなかっただけで、前の世界でも何かの力を持っていたんじゃないですか?」


 エレティアは扉に手を掛けて、ゆっくりとノブを回した。扉が開き、一度に外界の喧噪と空気が流れ込んだ。


「今度は能力の種と才能が与えられたことが分かっているんです。上手くやれますよ」

「……だといいけれど」

「何かあれば、ご相談を承りますから、こちらにお越しください」


 それから、柔らかく微笑んだエレティアはハチロウの耳元に顔を寄せると、小さな声でささやいた。


「……」


 扉が完全に開き、ハチロウは躊躇いながらも、一歩を踏み出した。エレティアが深々とお辞儀をする。

 こうして、今日の彼女の仕事が終わった。

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貴方の今後のご活躍を心からお祈り申し上げます、と受付嬢は言った 春成 源貴 @Yotarou2019

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