中編
「改めて、ご説明させていただきますが……」
少しの沈黙の跡にエレティアが口を開いた。
「なぜかこの世界は、あちらこちらの別の世界から移動……転生されてくる方がたくさんいらっしゃいまして……三百年くらい前かららしいのですが」
「……ああ、神様に聞いたね。だから慣れてるみたいなことを言ってたなあ」
「そうでしょうね。この世界にも他の神様がいらっしゃって信仰の対象になってます。そこで、あまりにも転生者が多いので、神様にお願いしたところ、他の世界の神様に掛け合って、転生があるたびに必ず通知を送ってくれるようになったのです」
「交渉!?通知!?っていうか、神様とコンタクトとれるの?」
ハチロウは驚いて顔を上げ、まじまじとエレティアの顔を見つめた。
エレティアはその視線を受け止めながら言った。
「はい。ヨタ様もセダ神様と話されたんですよね?」
「あ、いや、そうだけど……僕の元いた世界じゃそんなことは出来なかった……」
「チキュウとおっしゃる世界ですね。今までに何人かお会いしましたよ。会われた神様はみなさん違いましたけど」
「地球からもたくさん……」
さすがにハチロウは絶句した。衝撃の連続だ。
エレティアはなにも聞こえていないように続けた。
「それで、転生される方を受け入れるためにいろいろと整備されまして、私がこのようにお出迎えのうえで、簡単なご説明を差し上げている次第なんです」
ハチロウは呆けたように脱力して椅子に腰掛けていたが、大きくため息をついて、気を取り直したように訊ねた。
「みんな、スキルとか持ってたんですか?」
「スキル……といいますと?」
「……なにか特別な能力とか?」
「ああ、それも皆さんがよく聞かれますね。スキルとかステータスとか言われる方がいらっしゃいますが、少なくとも私には分かりかねます」
「……分からないだけで本当は存在してる、とか」
「そうですね。その可能性は否定できません」
「……神様は力を与えるって言ってたんだけどな……」
エレティアはペンを止めた。バインダーをテーブルの上に置く。
「そうですね……神様とはどのようなお話を?」
「そもそも、僕は地球ではただのしがないサラリ……一市民だったんだけど、事故に遭って死んじゃったみたいで……気が付いたら、ここよりも真っ白な部屋に、歳をとった老人がいて……」
「その方がセダ神様ですね」
「名前は聞いてないけど、そうなんだろうね。私は神様だが、死んでしまったおまえにはまだ寿命が残っているからから、代わりに新しい世界に送ってやると……」
「それで?」
「地球ではそういう内容の物語が流行っていたから、なんとなく聞いてみたんだ。『このまま送り込まれるんですか?』って。大体、物語だとなにかチートな力を貰ったりするからさ」
「ちーと?」
「ああ、特別なというか、型破りなというか……上手く言えないけれど」
喉が渇いていたハチロウは、カップを手に取り口を付けた。
「お茶もいいもんだね……」
「……恐れ入ります」
「……そしたら神様?が力を与えるって言って。突然辺りが光り出して、気が付いたらここに居たってわけ」
「なるほど。同じような話を何人かの方から伺ったことがございます」
「……」
「それでヨタ様は、一体どのようなお力を望まれたのです?」
ハチロウ少し考えるように顎に手をやって、それから、エレティアの持つバインダーを指差して言った。
「そこに書いてあったりしない?」
「はい、得られた力は。ですけれど、なにを望まれたのかには興味がございます」
「ふーん……まあ、いいけど。僕が頼んだのは圧倒的な魔力と、剣技……魔法、あるんだよね?」
ハチロウが首を傾げて訊ねると、エレティアは答えた。
「はい。さきほども申し上げたとおり、私は不得手でございますが」
「そうか、やっぱり楽しみだな……僕が望んだのはそういった力だね。異世界と言えば冒険者だし。あとは僕の記憶や知識はそのままっていう話だったから」
エレティアは大きく頷いた。ハチロウは少し気をよくして続けた。
「僕はこの力で好きに生きていくんだ!」
「なるほど」
エレティアは静かに言った。表情は変わらず、わずかににこやかな笑みをたたえている。ふとハチロウはそんな笑顔をどこで見た気がした。
ただ、記憶を辿るが思い出せない。
なんとなく張り付いたような、表情の動かない笑顔。先ほどまでとは何か微妙に違う、居心地の悪くなるような笑顔だと思った。
「つまり今までの世界では使えなかったような力ですね?」
「まあ……そうなるのかな」
ハチロウは少し口ごもって言った。エレティアは訊ねた。
「差し支えなければ、どうしてそのような力を?」
「え、だってせっかく新しい世界に来たんだもの。今まで欲しかったものとか、出来なかったことがしたいじゃない」
「なるほど。ヨタ様はご自身に力が足りないと思われていた?」
ハチロウは視線を斜め上に向けながら少し考えた。
「……少なくとも向こうの世界に魔法というものはなかったし、他の人と比べれば運動が出来なかったんだよね。特別頭がいいわけでもなかったし……強いて言えば負け組だったかな?」
「負け組……」
エレティアが言葉をなぞる。ハチロウは少し肩をすくめて見せた。あまり愉快な話ではなかったからだ。
「あちらの世界を抜け出したいとは思うくらいには足りなかったろうね」
「では、この世界ではその力で生きていきたいと?」
「せっかくだからね」
エレティアは再びバインダーの書類を何枚かめくった。
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