第6話 レッツ・キャラ崩壊! 人格が変わる薬!?( 雫視点)

 ピシャーン! と雷が落ちた音がする。

 真っ暗な部屋で、雫は自分の周りだけを明るくして薬を作っていた。

「ふふふ……ようやく完成しました」

 前回は薬の作用が思っていたものと違って、後輩と入れ替わってしまったけれど……今回は大丈夫なはず。

「明日、さっそく会いに行きましょう」


 ☆


 翌日の夕方。

 後輩は優くんの家にいて、やってきた雫を見るとしかめっ面をしながら、

「嫌です。絶対に飲みませんから」

 と言った。

 雫、まだ何も言ってないんですけれど。

「顔が薬を飲めって言ってます」

 顔!? 本当にそんな顔をしているのでしょうか。

 両手でほっぺを包む雫に、優くんが言った。

「迷惑かけちゃ駄目って言ったよね?」

「これは違うのです、優くん! 決して迷惑がかかるものではありませんよ」

 雫が言うと、優くんと後輩は顔を見合わせた。

「薬の説明だけ聞いてあげます。絶対に飲みませんけど」

 後輩ったら、面倒くさそうな表情で……。

 いつもの無表情とは程遠い。

 もしかして、そんなに顔に出るほど嫌だということ!?

 嫌がりすぎでしょう……?

 ようし、後輩にお薬の良さをたっぷり味わわせてあげましょう……って、この言い方だと悪いことをするみたいに聞こえる。

 これは良いことです!

「今日のお薬は『人格が変わる薬』です。どのように変わるかは飲まないとわかりませんが――」

「あーもう迷惑。帰れください」

「夏絵手。迷惑だってよ」

 話を最後まで聞かないなんて、ひどいったらありゃしませんよ!

「まあまあ、落ち着いて。僕が家まで送るから、楽しい話をしながら帰ろう?」

 えっ、優くんがお家まで送ってくれる……!?

 そんなお姫様のようなこと、今日を逃すと一生ない気がします……!

 お薬は次回に見送って、今日は優くんと一緒に……と考えたところで、後輩の声が響いた。

「はあ!? よくないって絶対!」

 どうやら、優くんが雫を家まで送ってくれることが気に入らないようですね。

「じゃあ、響はどうしたいんだよ」

「先輩には1人で帰ってもらう」

「それは危ないと思う。この季節は日が沈むのが早いから、外はだいぶ暗くなってるよ」

 めずらしく、優くんが後輩に正論を言っている。

 たしかに外は暗いし、女の子が1人で歩くには不安です。

 えっ、つまり優くんは雫を女の子だと思っているということ……! と、暴走はこのくらいにして、後輩はなんて答えるのでしょう?

「うっ、それくらいわかってるよ。でも、優と先輩がふたりで歩くとか嫌だ」

「そんなに良くないかなぁ」

「夜道を! 男女が! ふたりきりで! このシチュエーションで、何も起こらないはずがないだろうが!!」

「お、おお……そだね」

 優くんは引き気味にうなずいて、ボソリと「嫉妬かな」とつぶやいた。

 大嫌いな女子に大好きな優くんを取られたくないだけですね、はい。

「わかりました。後輩が薬を飲んでくれたら、1人で帰ります」

「僕の話聞いてた? 夜道を1人で帰るのは危険だってば」

「でも、後輩が……」

 雫が言いかけると、後輩が割りこんだ。

「優の言うことには賛成だから、俺が薬を飲んだら3人で歩きますよ! いいですね!」

 ええ……。それ、薬を飲まずに3人で歩けばいいだけの話じゃないですか……。

 でも、こんなに都合の良い展開はない。

 今思ったことはナイショにして、後輩にお薬を飲んでもらいましょう。

「では、どうぞ。お飲みください」

 雫は後輩に液体状の薬を渡すと、にっこり笑顔を向けた。

 後輩は嫌そうだったけど、意を決したように薬を飲んだ。

 となりで「ひゃー」と両手で顔を覆っているのは優くん。毒物を飲む瞬間の反応みたい……。毒だったら飲ませないので、安心してください。

「……なんか変わった? 大丈夫?」

 優くんは両手を顔から離すと、後輩にしつこく聞く。

「大丈夫じゃない……」

 なんとビックリ、後輩の目に、みるみるうちに大粒の涙が!

 えっ? 何事?

「先輩の薬、いつか副作用出そうで怖い」

「う、うん……薬だもんな」

 今にも声を出して泣きそうな後輩に、優くんの動きがガタガタになった。

「自分で飲めばいいのにぃ……」

「たしかにね、わかるわかる」

 だっ、だってそれは、雫は作るのは好きだけど飲むのは嫌いだし、それにその、えーっと……観察するほうが客観的な結果を得られるし!

「サイテーなくせに、優の近くにいようとしてるの嫌だぁ」

「う……、ん? えっ?」

 優くんはうなずきかけて、ピタッと固まった。

 対して、後輩はヒックヒックと泣いている。

「優が取られる……」

「大丈夫。響のことも大好きだから、3人で仲良くしよう。ねっ?」

「〝も〟って何……?」

 わあああ、面倒くさい恋人のそれ!

 下手したら「仕事と私、どっちが大事なの!?」の暴走バージョンに突入するやつ……。

「あ、ふたりとも大好き」

「単体で評価して……?」

 優くんはすぐに訂正したけれど、後輩が求めたものとは違ったらしい。

 ……ふたりとも大好きって、雫のことも大好きってことですよね。待って、変な笑い声が出そう。

「響のこと、家族と同じくらい好きだよ」

 優くんはまた訂正する。

 幼馴染は家族同然ですよね。言葉通り、幼い頃から一緒に成長した仲でしょうから。

「えぅぅ……優しいの権化……」

「ありがとう……?」

 わああ、もう大泣き!

 普段のクールな後輩からは想像もできないくらいの涙の量!!

「大好き。世界一好き。この世のすべてを優のために滅ぼしてもいいくらい好き」

「みんなが可哀想だからやめようね」

「やめる……」

「いい子だね。よしよーし」

 ああ……もうコントに思えてきました。

 雫の知らないところでネタ合わせしていません?

「……」

 あれ、後輩が静かになった。

 ……と思ったら、次の瞬間、耳まで真っ赤に。

「……帰っていいかな」

 もしかして、お薬の効果が切れたのでは?

「待って響。さっきの、普段から思ってることだったりする……?」

「おっ、思ってないし!? 先輩の薬のせいで気持ちの蓋が外れたわけじゃ――あっ……」

 口を滑らせましたね。

 優くんと雫は目線を交わして、再び後輩を見る。

「響の気持ちが知れて嬉しいよ」

「人格を変えるとまではいきませんでしたか。完成したと思ったのに……。改良の余地ありですね」

「改良の余地……!? 他に何か言うことないんですか!?」

「ごめんなさい。次は失敗しないようにします」

「二度と飲むか!」

 雫が頭を下げると、後輩は目をつりあげて言った。


 それから優くんと後輩は、雫をお家まで送ってくれたのでした。

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