第5話 わたしが君に!? 中身が入れ替わる薬
「どうして、こんなことに……」
「あのー、泣かないでくれません? すごく嫌だ」
俺は目の前の座り込んでシクシク泣く〝俺〟を見下ろして言った。
この〝俺〟は、俺ではない。俺の見た目をした、夏絵手先輩だ。俺の身体に夏絵手先輩が入っている。そして現在の俺は夏絵手先輩の見た目をしている。中身が入れ替わったのだ。先輩が作った薬に備わっていた、予想外の作用によって。
「人格が変わる薬を作った……とか言っていたのに、なんでこうなったんだよ」
2人同時に薬を飲んだだけで、中身が入れ替わるなんて……そんなことありえるのか? 現在進行形で起こっていることはわかっているんだけど、疑問を持たずにはいられない。
「そんな冷たい目しないでください。雫の性格が悪そうに見えます」
もとから悪いんだからいいだろ。嫌がる後輩に、無理やり試薬品を飲ませますもんね。ほんとサイテー。
「だって、そこにいますもん……」
先輩は、ほっぺに空気をためこむ。
マジでやめて!? 俺はそんなキャラじゃないから! ……というのは後で言えばいいか……。
「……俺が、ですか?」
話の流れから俺のことだとわかるけど、一応確認してみる。
すぐにうなずけばいいのに、先輩はきょとんと俺を見つめた。
「モルモットが」
「地獄行き」
やっと口を開いたと思えば、馬鹿にするようなことを……てかそれ、俺を人として認識してないってこと?
「冗談です。さすがに、モルモットだとは思っていませんよ」
あんたが言うと、冗談に聞こえないんだよ。
マッドサイエンティストのサイコガールだから。
「失礼な……! あとさっきも言いましたが、雫の見た目で冷たい目をするのはやめてください!」
俺からも先輩に言いたいです。『俺の見た目でギャーギャー騒がないで』って。まあ、言ったところで、特に効果はないだろうな。
「効果ありますよ。人の話はちゃんと聞けます」
先輩はムッと眉をつりあげた。
その後、何を思いついたのか、パチンと両手を合わせて笑顔を見せた。
「お互いがお互いの真似をしましょう。それなら文句ないでしょう?」
「いいですよ。上手くやってみせます」
火花のように視線を交わしたあと、実践することにした。
☆
「ぜんっっっぜん駄目!!」
練習すること1時間、まったく上手くいかず、俺は机を叩いた。
「先輩、下手すぎます! もっと上手く出来ませんか!?」
「えー……でも、後輩の真似は難しいですよ? 雫は後輩ほど頭良くないし、心のどこかで人を見下してる感じを再現するなんて……」
ちょっと待て。見下してないんだけど。
「雫のことは確実に見下してますよね」
「…………いや、まったく」
「今の間が証拠です。見下してますよね」
いやいや、本当に見下してないですって。ちょっと考えはしたけど……それは見下しているからではなく。
「俺は先輩を見下しているのか、過去の行動を思い出してみただけです」
「『見下していない』と即答できないんですね。わかりました。優くんに言います」
「チクリ魔は嫌われますよ」
それに、今の外見で優に言いつけたって、頭がおかしくなったんだと心配されるだけ。
見た目は不知火響である先輩が「後輩に見下されてとっても悲しいです」って言っても、何も知らない優にはわけがわかりません。
「でも、後輩が言うことを聞くのは、優くんかママくらい……」
「俺の見た目でママって言うのやめろ」
「なんなんですか。別にいいじゃないですか」
「よくない。全っっっ然よくない」
もし一生もとに戻れなかったら、先輩は不知火響として生きていくことになるんです。原因を作った先輩には不知火響を演じる責任があります。
「なら、後輩は雫を演じて生きるのですか? できます?」
「もちろん。余裕ですよ」
「どうして?」
「天才なんで」
「たまに自己肯定感ムダに高いのなんなんですか。優くんにすがりついている方が後輩らしいのに」
どういうことだ、それ。
自己肯定感が高いのは良いことでしょ。
「そうそう、自己肯定感はある程度高い方がいいよね」
ポン、と肩に手を置かれると同時に背後から聞こえた声に振り返ると、いつからいたのか優が笑顔で立っていた。
外見は夏絵手先輩だというのに、俺と接するときと同じ距離感だ。
「夏絵手、また薬作ったな。迷惑かけないようにしなきゃ」
夏絵手、と呼んだものの、目を向けているのは夏絵手先輩が入った響の方。
「うっ、ごめんなさい……。……優くん、雫たちが入れ替わっていることに気がついたのですか?」
質問を受けた優は目をパチクリさせて首をかしげたあと、「あーね」とうなずいてニッと歯を見せて答えた。
「わかるよ。雰囲気がいつもの2人と逆だから」
それでわかるもんなの?
「めっちゃわかる」
「ふーん……。どうしたらもとに戻ると思う?」
「夏絵手が持ってる打ち消しの薬でも飲んでみれば?」
「あっ、すっかり忘れてました。優くんに教えてもらうとは」
俺も忘れてた……。入れ替わったことへの衝撃が強すぎたな。思い出してみると、先輩の薬の効果を消す方法はたいてい時間に制限があるか解毒薬を飲むかの2択だった。
「では、打ち消しの薬を飲みましょう。後輩、じっとしていてください」
先輩は1回うなずいて、俺に真顔を向けて手を伸ばしてくる。
薬ってたしか、先輩の白衣に入ってるんじゃなかったっけ……? その白衣は俺が着ていて……このままだと、嫌なことが起こる気がする――というか、絶対起こる。
「ストップ!! 白衣渡すから、その伸ばしかけている手を引っ込めろ!」
「その手がありましたか」
その手がありましたか、じゃないんだよ。やっぱり何かする気だったな。
「自分で取るほうが早いかと思いまして。ごめんなさい」
もしかして、嫌な予感はこれに通ずるものだったのか……?
顔が引きつりそうなのをこらえながら、先輩に白衣を手渡す。
「どうも。薬はここに……ありました」
先輩は早速、白衣の内ポケットを探って打ち消しの薬を取り出した。小瓶の蓋を開けて、1つを俺に持たせる。
「同時に飲みますよ。せーのっ」
薬を飲むと、先輩が視界に入った。もちろん、見た目は夏絵手先輩だ。
ということは……無事、元に戻れたのか。
「やっと戻ったな。次はないようにして。心配したんだよ」
優は嬉しそうに笑った……と思ったら、ムッと眉をつりあげた。
「「気をつけます」」
「わかったならいいんだ。これからお菓子作るんだけど、一緒に作らない?」
「作りたいです!」
「俺も」
本当に最悪な時間だったけど、こうして良い思い出で1日が終わるのなら、それでいいか。
うん、そう思うようにしておこう。
これから先、今日のことで毎晩悪夢にうなされる――なんてことになったらたまらないからな。
……そういえば、先輩は「人格が変わる薬を作った」って言ってたな。
俺は一体何をされようとしていたのだろうか。
考えないでおこう……。
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