第4話 幼くなあれ! 幼児化する薬
また、夏絵手先輩が新薬を作ったらしい。
振り返ることすら嫌になる。けれど、一応振り返りしておこう。
前回は時を止める薬だった。夏絵手先輩が飲んでしまって、夏絵手先輩の時間だけが止まってしまった。優と2人で少し慌てたんだよな。
さて、今回はなんだろう。ヘンテコな薬ばかり作ってくるものだから、気になるようになってしまった。でも気になるだけで、何を言われたって絶対に飲むつもりはない。
「ねえねえ後輩」
さあ、来たぞ。マッドサイエンティストのサイコガールが。
今日は、可愛らしい絵が描かれた、ジュースのパックのような入れ物を持っている。おそらく、あれに薬が入っているのだろう。
「幼児化するお薬を作りました〜! 飲んでください」
「無理です」
いつもどおり、俺に薬を飲ませようとする。もちろん、飲まない。
「飲みなさい」
「断固拒否します」
命令したって、お願いを聞く気にはなりません。俺はモルモットじゃないんだよ。
先輩とにらみ合う。すると、遠巻きに様子を見ていた優が、俺と先輩の間に割り入った。
「夏絵手、響。仲良くな」
仲良くと言われても……薬を飲まされる立場になってみてほしい。そんなこと、二度と言えなくなるから。
先輩の薬に、命の危険を感じるんだよ。今まで、死にそうになったことはないけど、副作用があったら嫌だ。
「夏絵手は、人を実験体にするのをやめようか」
優は、夏絵手先輩と目を合わせて言う。
先輩はボーッと優を見ている。それから、何を思ったのか、優にパックを持たせた。薬だと見せびらかした右手のパックではなく、左手に持った似たようなデザインのパックだ。
「飲みます? オレンジジュースです。優くんのために買いました」
「え? あー……ありがとう。いただきます」
優、待て、駄目だ!
夏絵手先輩のことだから、そのジュースにも薬を入れてるに違いないよ!
声は届かず、優はジュースを飲んでしまった。
「あ、これおいし――」
優が、ボフン、と煙に包まれる。
ああ、やっぱり薬入り……。
煙がはれた。優が、いない。
「あれ……? 優、どこ?」
左右を見るけれど、優が見えない。上を見てみても、もちろんいない。
「ぼく、こっちだよー?」
下から声がした。舌足らずな、可愛らしい、のほほんとした声。幼稚園のころまでは、こういう声をしている気がする。
下を見ると、俺の腰より下に頭があった。
優が、子どもになってる……?
目を丸くしていると、優はこちらを見上げて、にこっと笑顔を見せた。
「えへへぇ」
うっわ、天使、かわいい……。
小さな子どもはうるさくて苦手だけど、こんな感じなら、全然平気だ。
「ひびきがおっきーい」
「お前が小さいんだよ」
これ、身体と精神は幼児化しているとして、記憶はそのままなのかな。
「優くん、ほら、クレヨンですよ。お絵かきしません?」
「するー!」
夏絵手先輩がクレヨンとらくがき帳を見せると、子どもらしく飛びついた。
しばらくの間、楽しそうに歌を歌いながら絵を描く。数分後、クレヨンを置いた。
「できたあ!」
描いた絵を、自慢げに見せてきた。ぐちゃぐちゃで、何を描いたのかわからない。赤くて、丸くて……これはいったいなんなんだ。
よくわからないけど、子どもの絵は褒めなきゃいけないよな。
「上手だね。……タコかな?」
「たこさん、やっ! りんごかいたの」
怒られてしまった。ごめんね。優はタコが嫌いなんだった。食感が苦手とか、なんとか……。
もう一度、絵をじっくり見る。
りんごと言われると、りんごな気がしてきた。
「りんご、すごく上手に描けてるじゃん。すごいよ」
すると優は、ふふんとドヤ顔をした。「でしょ?」とでも言うように。
「なあ、夏絵手先輩。優は、どうしたらもとに戻るんですか」
にこにこ笑う優をなでながら、優の写真を撮りまくっている先輩にきく。
「おチビな優くん、可愛いじゃないですか」
「可愛いけど、やっぱりいつもの優がいいです」
「素直ですねえ。大丈夫ですよ。薬の効果は、30分で切れます。もうそろそろです」
なんだ。よかった。
ホッと息をついたと同時に、優が煙に包まれた。
これは、子どもになったときと同じだ。
「はっ……僕はいったい何を……!」
煙が晴れて、いつもの優が姿を現した。
「見て。これ、優が描いた」
俺は、元の姿に戻った優に、さっきのタコ……じゃなくて、りんごの絵を見せた。
優はそれをまじまじと見る。それから、ギョッと目を丸くした。
「えっ、これ僕が描いたの? なんでタコ!?」
描いた本人にもタコに見えるのかよ。
あんなに、タコは嫌だって反応してたのに……。なんか、笑えてきてしまった。
「ふふっ……」
となりから、クスクスと夏絵手先輩の笑い声が聞こえる。
「響? なんで笑ってんの? あっ、夏絵手も!」
優だけが、俺と先輩を交互に見て、首をかしげていた。
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