第3話 夏絵手先輩どうしたの? 時を止める薬

夏絵手かえでセンパーイ、おーい……」

 何度も声をかけたのに、微動だにしない。

 夏絵手先輩は、驚いた表情のまま固まっている。

 ――十数分前のことだ。

 俺・ひびきは、ゆうと夏絵手先輩と、優の家で遊ぶことを約束していた。

 集合してすぐ、夏絵手先輩は桃色の錠剤を見せてきた。

「新しく開発したお薬を、ご覧下さい! これは『時を止める薬』です。その名のとおり、飲んだ者の時間を止めてしまうのですよ」

 楽しそうに解説したあと、いつも通り、俺に薬を飲ませようとした。

 いつも通りの時点で、おかしいんだけどな。

「せっかくですので、後輩、飲んでみてください」

「は? 無理です」

 当たり前だが、断固拒否した。

 そして色々あり、夏絵手先輩の口に薬が入ってしまったというわけだ。

 これは事故である。俺は何ひとつ悪くない。

「夏絵手、ほら、大好きな薬だよー?」

 作り笑いを浮かべた優が、夏絵手先輩の顔の前で、白い錠剤のようなものをチラつかせる。

 夏絵手先輩が無反応なのを見て、残念そうにしながら、それをパクリと食べた。

「……それ、薬じゃないよな?」

「ラムネだよ。ひと粒食べると、あら不思議。頭スッキリ、ほぼ薬」

 リズムいいし言いたくなるけど、その紹介文だと、ヤバいやつが売ってる危ない薬みたいだぞ。

 でも、よかった。本物の薬じゃなくて。

 まだなんとかなりそうなポンコツが、とうとう救いようのないポンコツになってしまったのかと思った。

「優、わかってるだろうけど、ラムネなんかじゃ、この人は反応しない」

「見た目は薬みたいだから、大丈夫かと思ったんだけど……そりゃそうか」

 優は、しょもーん……と落ち込む。

 アホ毛が、ふにゃんと垂れ下がった。

 数秒間黙ったあと、ピンと張って元気を取り戻す。

「もしかして、良くないこと、し放題じゃ……?」

「サイテー」

「冗談だよ。顔に落書きされるなんて、夏絵手が可哀想だもん」

 良くないことって、それかよ。

 たしかに良くないことだけど。

「どうしようか。夏絵手、いつまで動かないんだろう」

 優は、うーん……と腕を組んで悩む仕草をする。

「意外と、衝撃を与えると動いたりして」

「それだ!」

 俺の言葉にうなずくと、走ってどこかへ行ってしまった。

 しばらくして、ピコピコハンマーを持って戻ってきた。

「ピ、ピコピコ……?」

「昔、お兄ちゃんと遊んだんだ。探すのに苦労したよ」

「ピコピコハンマー、意味ある?」

「百聞は一見にしかず!」

 使い方合ってるかな……まあ、言いたいことはわかるからいいや。

 優は夏絵手先輩の背後に立つと、ピコピコハンマーを構えた。

「いっせーのーせ!」

 ピコーンッと大きな高い音が響き渡る。

 パチ、と夏絵手先輩がまばたきした。

「う、動いた……!?」

 ピョンピョン飛んだり、手を握ったり開いたり。

 いろんな動きで、自分の身体に異変がないか確かめている。

 優は、そんな先輩を子どもを見るような目で見ている。

「やっと動いたな、夏絵手。大丈夫?」

「大丈夫です。まさか、自分で飲んでしまうとは……。でも、薬を飲んだ後の状態がわかったので、終わり良ければ全て良しです」

 俺に薬を飲ませようとしたのも、良いことなんですね。

「後輩は面倒くさいです。『衝撃を与えると動いたりして』って、なんて恐ろしいことを言うのですか」

 先輩は、プクーっと頬に空気をためる。

 優が「ちょっと待って」と間に入った。

「夏絵手、止まってる間も意識あったの?」

「ありましたよ。身体が動かせないだけのようです。優くんと後輩の会話はすべて聞こえていました」

「え、やだ、恥っず」

 優は目を丸くして、何度もまばたきする。

 聞かれてないと思って話してたから、ちょっと嫌だな。

「殴っていただけて、助かりました。ありがとうございます」

 夏絵手先輩は、優に向けて頭を下げる。

 殴っていただけて……って、「殴る」に敬語を使う人、初めて見た。

「は……? あ、うん。どういたしまして」

 お礼を言われた優は、目を白黒させた後に、何回かうなずいた。

 それから首をかしげて、

「結構、本気でやったんだけど……痛くなかったのかな」

 と、つぶやいたのだった。

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