第2話 「そんなハカな!」『゛』と『゜』が奪われた!

 前回の振り返りタイム。

「物の声が聞こえる薬」を飲まされてひどい目にあった。

 ――ということで、俺・不知火しらぬいひびきは、夏絵手かえでしずくから距離を取っている。

 夏絵手先輩は、マッドサイエンティストだ。

 わかりやすく言うと、頭がおかしい。

「物の声が聞こえる薬」だって、いきなり口に突っ込まれたもので、飲みたくて飲んだわけじゃない。

 全部あの変人のせい。

 あんなのは、もう二度とゴメンだ。

 ……それなのに。

「後輩、飲んでください。お願いします」

 今日もこうして、薬という名の異物を押しつけてくるのが、この変人だ。

「嫌だって言ってますよね? いい加減諦めてください」

 このやりとりを、1時間ほど続けている。

 そろそろ飽きてきた。

「むう……」

 先輩は頬に空気をためこむ。

 そんな顔しても無駄です。

 ……それにしても、妙に喉が渇くな。

「あ、お水飲みます?」

 先輩が、柔らかなほほ笑みを浮かべて、俺にペットボトルを差し出した。

「……あんた、それ」

「何も入っていませんよ。安心してください。雫はそこまで執着していないので」

「……」

 先輩の言うことは信じられないけれど、水を飲みたい欲には勝てない。

 黙ってペットボトルを受け取ると、一口飲んだ。

 変な味はしない。……けど、やっぱり我慢すればよかったと思う。

 なぜなら、先輩がニヤけてるから。

 これは……あれだ。うん、入れてたやつだ。

「あの、せんはい」

 ……ん?

 今、変じゃなかった?

〝先輩〟って言ったつもりだったけど。

「ふふふ。大成功です。それは、『濁点と半濁点を奪う薬』ですよ。〝がぎぐげご〟や〝ぱぴぷぺぽ〟のような言葉が言えなくなるのです」

「またそんなものを……」

 やめろよ、めんどくさい。

 とりあえず、どんなもんか確かめるか。

「なまむきなまこめなまたまこ」

「んふっ」

 おい笑うな変人。

「あかはしゃまあおはしゃまきはしゃま」

 なにこれ言いやすい。

 じゃなくて、これじゃあ不便すぎるだろ。

「後輩は今、喉が渇いているでしょう? 実は先程、湿度を調整したのです」

「変にカラカラなのは、そのせいか。……ということは、あんたも」

「はい」

 うなずきながら、ペットボトルの水を飲む。

 ……って、それ俺が飲んだやつじゃないか!?

「しすくは、タヒオカミルクティーを飲んてみたいてす」

「……」 

 いやー、呆れた。

 馬鹿なのかな? 自分で薬をぶっこんだ飲み物を飲むなんて、馬鹿の極みですか?

 しかも、いきなり何を飲んでみたいって言われてもね。

「あああ……しすくも飲んてしまいました……!」

 うーん、駄目だこれ。

 どうしても笑いそうになる。

 こうなったら、濁点や半濁点を使わない言葉を選んで話すしかないな。

「あんた、この薬を作ろうと思った理由はあるのか?」

「面白そうてした」

「あ、そう……」

 わかってましたよ、どうせフワッとした理由だろうって。

「薬の効果を消す薬は?」

「無いてす。試作品なのて、おそらくしゅうこ分ほとかと」

 15分か。今何分たったかな。

「こ分」

「こふん……フッ」

「あっ! 笑いました! ひといてす!」

「すみません。無理、耐えられない」

「さっきから、とうしてそんなに違和感かないのてすか!?」

「そういう言の葉を選択するといい」

「言の葉!? 大人しく『ことは』と言ったらいいのに……!」

「それは点々つきますよ」

「うむむ……」

 先輩は、眉を寄せて目を細める。

「――あれ? 響と夏絵手じゃん」

 先輩がうなったと同時に、明るい声が響いた。

 この声は、俺の幼なじみのものだ。

「優、やっほー」

 やってきたのは、宮日みやびゆう

 俺の1つ年上で、夏絵手先輩と同級生だ。

「なんと、くうせんてすね」

「は? えっ……? なんて?」

 さあ、さっそく先輩の薬の二次被害が発生したぞ。

「なあ夏絵手、ふざけてんの?」

「いいえ。そういうお薬てす」

「どういう薬!?」

「たくてんとはんたくてんをうはう薬てす」

「えっと、ごめん。何を言ってるのかわからない」

「なんと!!」

 なんと!! じゃないから。

 そのへんは想定済みじゃないのか?

「まさか、こうなるなんて……」

 先輩はガクッとうなだれる。

 うーっ、とうなって、頭を抱えた。

「ネバーギブアップだよ、夏絵手!」

 事情を知らない優だけが、夏絵手先輩に明るい声かけをしたのだった。

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