先輩、俺に試薬品を飲ませるのはやめてください!

ねこしぐれ

第1話 ネタバレ注意⁉ 物の声が聞こえる薬

「後輩〜!」

 ドタドタっと走ってくる足音と、ロビー全体に響く(俺の幼馴染に言わせると)可愛らしい声がして、俺・不知火しらぬいひびきは振り返った。

 こちらへ猛ダッシュするのは、俺の中学の先輩である夏絵手かえでしずくだ。

 俺の目の前で立ち止まると、右手を前に出す。

 眼前に出てきたのは、透明な丸いビンだ。

 ビンの半分ほどまで、毒々しい紫色の液体が入っている。

「なんですか、それ」

「『物の声が聞こえる薬』です!」

 先輩は、えっへん! と胸を張る。

 そして、意味深な笑みを浮かべた。

「どうぞ、お飲みください!」

 言いながらビンの栓を取る。

 そして、俺の口に液体をぶち込んできた。

 当たり前なことに、俺はゲホゴホと咳きこむ。

「ふざけんなよ⁉」

 そう言ったとき、先輩のものじゃない声が聞こえた。

『さむううう』

『イタイ……イタイ……』

『バナナ食べな。うまいぞ』

『ワシ、割れちゃった』

 全部、似ているようで似ていない声だ。

「……なるほど。薬の効果は絶大か」

 俺はため息をついた。

 どうやら、先輩の作った薬は成功だったらしい。

 効くの早すぎるだろ。

「3時間ほどで効果は切れますよ。思う存分、楽しんでくださいな」

 先輩は、楽しそうな笑顔で言った。


 ☆


 俺は、図書館にやってきた。

 図書館は静かにするべき場所だ。

 だったら、たとえ「物」でも、ペラペラ喋っていることはないだろう。

 そう考えてここまで来たが、当たりだったみたいだな。

 物の声なんて、一切聞こえない。

「俺は天才だな」

 なんとなく、自画自賛してみる。

 しっくりこなかったので、やめることにした。

 さて、今日は推理小説でも読もうかな。

「これか……」

 本を見つけて、手をかける。

『そうだ! オレを読め! 面白いぞ〜! 推理のしがいがあるぞ〜!』

 ……いや、結局喋るんかい。

 それにしても、本自身がこんなに言うなら、きっと面白いんだな。

 俺は、本を棚から出した。

『なぜ面白いかって、主人公が殺されて、物語は幕を閉じるんだからなぁ!』

「……」

『ちょっ、えっ? なん、なんで戻すの⁉ おい、なんで戻すんだよ⁉ 読んで⁉』

 推理小説を棚に戻すと、俺は別の小説を探すことにした。

「あ、これは……恋愛か。あんまり興味ないんだよな」

『そう、私を読みなさい! 面白いわよ! ヴァンパイアの女の子が、運命の人を捜す物語なの』

 うーん、案外面白そう? 試しに読んでみるか。

 俺は本を手に取る。

『まあ、最後にヴァンパイアの女の子は、運命の人の血を吸いきって、殺してしまうのだけれどね!』

「……」

『えっ? ねえ、どうして戻すの? ねえ読んで? お願い、読んで⁉』

 恋愛小説を棚に戻す。

 それから、何度も別の本を読もうとした。

 しかし、そのたびに本自身が盛大なネタバレを食らわせてきて、俺は結局3時間もの間、何も読めなかった。


 ☆


 図書館から帰ってくると、ロビーにはまだ先輩がいた。

「どうでしたか? 後輩」

「最悪」

 あんな薬、二度とごめんだ。

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