第六章 第四節 それだけで十分だ
「……そうだわ。私、メルツちゃんに謝らないといけないことがあるの」
「――え? 謝らないといけないこと……ですか?」
謝らないといけないこと……。
彼女に謝罪してもらうようなことが、あっただろうか。全く思いつかない。
「ええ。私、実はメルツちゃんに黙って防御魔法をかけていたの。『もしも』を考えると、保険としてかけていた方が良いと思って」
その言葉に、メルツは衝撃を受ける。
何せ、かけられたことにも、かかっていることにも、少しも気づかなかったからだ。
「ただ、それをメルツちゃんに言ってしまうと、心のどこかで『安心』が生まれてしまうかもしれないでしょう? 魔法も万能ではないし、今回はほんの少しの油断も危険だと判断して、黙っていたの。でも、本人の知らないところで魔法をかけるのはいけないことよ。だから、本当にごめんなさい」
そう言ってアウローラは、メルツへ頭を下げた。
その姿を見たメルツは、
「あ、頭を上げて下さい! 謝る必要ないです!」
と、狼狽しつつもそう伝え、頭を上げてもらう。
恩人で女神様な彼女に頭を下げられるなど、心臓に悪すぎる。
「その、いけないことかもしれないですけれど、あたし的には黙っていてもらえて良かったです。だって、アウローラさんに魔法をかけてもらったって知っていたら、絶対油断が生まれていました」
アウローラが、回復魔法で綺麗に傷を治せることや、魔物を氷の剣で倒せることをメルツは知っている。
そんな凄腕の人が防御魔法をかけてくれている、と知っていれば、きっと無意識のうちに気が緩んでいただろう。――いや、そこへ更に、騎士の方たちの存在の安心感が加わることを考えると、確実に、気が緩んだに違いない。
実際、指導官の青年の姿を見た際、緊張感が緩んでしまう場面があった。
だが、あの場では、本当は少しも油断してはいけなかった。継続して緊張感を持ちながら、冷静に対応する必要があった。
(院長が、油断を見逃すことはそうないもの。そこを突かれてしまっていたら、きっとこの結果にはならなかったわ。……それを考えると、浄化の辺りが一番危なかったわね。突かれなくて本当に良かったわ)
……だから、アウローラが黙っていたことは正解で、感謝の気持ちはあれど、メルツへ謝罪してもらう必要はない。
それに、アウローラはとても誠実な人だ。
黙っていれば、メルツは気づかないままだったが、こうしてきちんと話してくれている。――それだけで十分だ。
そして、そんな彼女が、メルツを傷つけるようなことをするとは、到底思えない。
恐らく、この先、アウローラから、何かの魔法を知らない間にかけられて、それを後で知ったとしても、メルツが負の感情を抱くことはないだろう。
彼女は、信頼に値する人だ。
「そう言ってくれるのは有難いことだけれど……。でも、いけないわ。私が悪い人だったら大変なことになってしまうもの」
「んー……、アウローラさんが悪い人だったら、世の中のほとんどの人が、悪い人になってしまいますよ。……それで……、あの、かけてくれた魔法って、どんな魔法なんでしょうか?」
いったい、どんな魔法なのか。気になって仕方がない。
……『防御魔法』と言うからには、身を守ってくれるようなものだとして、どんな風に守ってくれるものなのだろうが。
「魔物がメルツちゃんをターゲットにした瞬間、メルツちゃんにはシールドが張られて、魔物は氷になって砕ける、という魔法よ」
「……ターゲットにされたら?」
「ええ。攻撃を受けそうになってからだと、怖い思いをしてしまうでしょう?」
「……魔物は、氷になって砕ける?」
「ええ。魔物が切られた様子も見たくないでしょう? 跡形もなく砕けてしまえば、その心配はないわ。あ、魔物以外からの物理攻撃が発生した場合は、シールドを張って防げるわ。こちらは、氷にしてしまっては問題があるかもしれないから、防ぐだけの仕様よ」
「…………」
何となく、すごいことを言っているように感じる。魔法に詳しくないため、あくまで何となくだが。――彼女がなんてことないように話していることから、実は、メルツが知らないだけで、普通のことなのだろうか。「ターゲットにした瞬間」や「氷になって砕ける」というのは、耳にしたことはないが……。もし、魔法が使える他の人と出会えたら、是非、聞いてみたいところだ。
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