第六章 第一節 甘くて優しい味が口内に広がり、幸せな気持ちになる
よく晴れた昼下がり。
メルツは、王都メルクリウスの最南西にある、『サロン・ド・テ・アウローラ』を訪れていた。
今は、二人掛けのソファ席の左側に座り、オーンドカルムの入れた美味しいココアを飲んでいる。
店内は、変わらず異国情緒に溢れた落ち着きのある空間だ。
一週間前――メルツがアウローラに助けられた翌日――、カフェを出る際、庭で見事に咲き誇るピンクの薔薇が目に入った。そのとき、是非次に訪れた際はゆっくり見てみたい、と思っていた。
その旨を、今日訪れた際にアウローラへ伝えると、「好きに見ても構わないわ」と許可を貰えたので、ランチ前にじっくりと見せてもらった。
その際に気がついたのだが、店の外観は内装と違って、王都メルクリウスで主流のデザイン――白い壁面に落ち着いた濃い緑色の屋根――だった。
理由を聞くと、「統一感のある王都の雰囲気を、例え端にある建物だとしても壊したくなかったの」とのことだった。
――何故前回気がつかなかったのか、と思ったが、今後の動きのことで頭がいっぱいで、目立つ薔薇は認識できたが、それ以外は目が滑ってしまったのだろう。
そうして外で庭を楽しんだ後、「窓からの景色もどうかしら?」と、アウローラはメルツを二人掛けのソファ席へ案内し、その右側にある大きな窓を開け、食事中も庭を眺められるようにしてくれたのだ。
そして、オーンドカルムは、メルツにパスタランチを提供してくれた。
――庭の景色や花の香りを堪能しながら、絶品パスタランチを食べる。
きっと、過去の自分にそんな話をすれば、とても羨ましがられるだろう。憧れていた、オシャレなカフェでのランチだ。
今は、窓を閉め、更にショウジも閉めている。
店内で目が覚めた際に気になっていた、格子状の木材が組み合わさった白い壁。壁にしては薄い気がする、と感じていたが、これは『ショウジ』と言うそうだ。役割は、カーテンのようなものらしく、壁だと思っていたものは、驚くことに紙だった。
昼にショウジを閉めると、柔らかな光が店内を満たし、夜や、窓を開けていたときとは、また違った雰囲気となり、驚嘆した。
(庭の景色を楽しませてもらった後は、ショウジを閉めて、店内のまた違った雰囲気を味わわせてもらえるなんて……。そして、美味しいランチに、美味しいココア。贅沢すぎる時間だわ……)
しみじみと感じながら、ココアを口に含む。
甘くて優しい味が口内に広がり、幸せな気持ちになる。
目を閉じ、その感覚を味わう。
「ふふっ」
正面から、思わず笑ってしまった、というような声が聞こえた。
閉じていた目を開き、そちらへ視線を向ける。
「ごめんなさい、笑ってしまって。微笑ましくなってしまったの。居心地よく過ごしてもらえているみたいで、良かったわ」
メルツの正面の一人掛けソファ席に座っているアウローラが、言葉通り微笑ましそうにこちらを見ている。
メルツは、少し照れくさい気持ちになった。――少しだけ、頬が熱くなる。
今日も彼女は、濡羽色の髪をハーフアップにし、黒とゴールドを基調としたワンピースを身に纏っている。
これは仕事着だそうで、お客さんに覚えてもらえるよう、トレードマークも兼ねているらしい。――一度見たら忘れられないような美人なので、その必要はないような気もするが……。
ローテーブルの上には珈琲が置かれている。それもブラック。――前回、食事の後に、メルツも試しに飲ませてもらったのだが、苦くて全く飲めなかった。
だが、アウローラは、そんな苦い飲み物を美味しそうに飲んでいる。
……かっこいい。大人の女性、という感じがする。
アウローラとは違う理由で、メルツも、いつもと同じ格好――藍色のパーカーワンピース――だ。
というのも、同じ色とデザインの服しか持っていないからだ。
原因は、シュヴーの介入――嫌がらせによるものだ。
孤児院の副院長が、みんなの服を纏めて買ってきた際、彼が余計なことを言った結果、全く同じ服が数着、メルツの元へ届いたのだ。――しかも、パーカーワンピースのため、着回しも難しい。アクセサリーを持っていればまだ良かったが、生憎、浄化石しか持っていない。その上、服の下へ隠しているため、ファッションアイテムとしては使えない。
……動きやすいし、デザイン自体は気に入っているのだが、ずっと着ているため、どれもぼろぼろな状態だ。そのため、オシャレを楽しむには難しい。
だからメルツは、十分なお金が手に入ったら真っ先に服を買おう、と考えているところだ。
アウローラのような大人の女性を目指すのは難しいだろうが、オシャレな場所に見合った装いは目指したい、と思っている。髪のアレンジなどにも挑戦したい。
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