第五章 第六節 祝福してくれているみたいだ
院長の反応を窺っていると、彼が一瞬、周囲へ視線を向けたことに気がついた。
「……いや、十分だ。これまでよくやってくれた。孤児院を出ても頑張るように」
メルツは、その言葉に目を見開く。
が、驚いている場合ではない。
「ありがとうございます」
直ちにお礼を言い、深く頭を下げる。
メルツが、下げた頭を戻したときには、院長の左隣に、見守ってくれていた男性騎士が立っていた。
「では」
男性騎士が、メルツへそう声をかける。
周囲にいた騎士たちも集まり、院長へ歩くよう促した。
彼は、こちらを見ることもなく歩き出す。
メルツは慌てて、
「騎士の皆さん、ありがとうございました!」
とお礼を述べ、深々と、心からの感謝を込めて、彼らの背に向かって頭を下げた。
――院長や騎士たちの姿が見えなくなっただろう頃合いを見て、メルツは頭を上げる。
そのまま後ろへ振り返ると、時計が見えた。
時刻は、ちょうど零時。――この時計が正しい時間を刻んでいれば、メルツの誕生日だ。
「これで、五歳から始まった孤児院での生活も終わりだ~っ」
バンザイをしながら声に出してみると、とても清々しい気分になった。
一気に、気が抜けるのを感じる。
ここでの生活は、嫌なことや苦しいことの方が圧倒的に多かった。
――でも、『それだけ』でもなかった。
(シュヴーのことは最後までよくわからなかったし、院長もほんとのところは納得していないんだろうけれど……)
シュヴーが最後に呟いた言葉を、思い出す。
『ふふっ。お前に言っても、理解できないさ。お前は――』
「――自由だからな」
口に出してみたが、意味はわからない。
「自由になった」ではなく、「自由だから」という口ぶりから、元々メルツは『自由だった』と捉えることができる。が、そも、彼とメルツは同じ境遇だったはずだ。ならば、メルツだけ、というのはおかしい。むしろ、待遇を考えれば、シュヴーの方が自由だったように思う。
しかし、だからといって、彼が言い間違えた、とも思えない。……恐らく、この言葉の裏には、『何か』が隠されているのだろう。
(……でも、もう気にしていても仕方ないわよね。考えてもわからないし。切り替えていかないと!)
メルツは、孤児院生活で培った切り替えの早さを発揮し、明日――厳密には今日――の予定を考え始める。
(よし! まずは部屋に戻って出立の準備と、起きたら副院長たちに出立の挨拶をしないと!)
今は静かな孤児院も、きっと、朝になれば、院長やシュヴーが居ないことで騒ぎになるだろう。――もしかすると、起きていて、どこかで見ていたから知っている、という者もいるかもしれないが。
だがメルツに、その騒ぎを収めている時間は無い。早々に孤児院を出て、向かうべき場所があるからだ。
そのため、事態の収拾は、改めて説明に来てくれる、騎士の皆さんにお任せする。――第一、メルツが事情を説明したところで、誰も受け入れはしないだろう。収めるどころか、却って騒ぎが大きくなる可能性が高い。やはり、騎士の皆さんにお願いするのが一番だ。
メルツは、更に、予定について考えを巡らせようとして――ふと、空を見上げる。
するとそこには、美しい星空が広がっていた。その様はまるで、無数のクリスタルを空へ散りばめたかのようで――。
この星空も、度々見てきたはずなのに、何故か、いつもより美しく感じる。メルツの心持ちが変わったからだろうか。新生活の門出を、祝福してくれているみたいだ。
煌めく星たちを眺めながら、メルツは、新生活へと想いを馳せた。
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