第五章 第四節 続く言葉に、思わず目を見開く
……答えを聞くことに、恐れはあった。何せ、殺したいほどなのだ。聞いたところで、気持ちの良い答えが返ってくるはずもない。
しかし、彼にこうして質問できるのは、恐らくこれが最後の機会。ならば、尋ねたい、と思った。――例え、これまでと同様にはぐらかされても傷つく答えが返ってきたとしても。
(それに、きっと今のあたしなら、何を言われても大丈夫な気がする)
シュヴーの言葉に、思うところができたとしても、以前のようなショックの受け方はしないだろう。
そう思えるのも、カフェで温かくメルツを受け入れてくれた、二人のおかげだ。
そのようなことを考えながら、シュヴーの回答をじっと待つ。
彼は少し俯いており、目が前髪できれいに隠れ、口元しか見えない状態だ。
シュヴーは頭の回転が速いため、わざと間を空けているとき以外は、すぐに言葉を発することが多い。
だが今回は、いつもと様子が違うように感じる。まるで、何か葛藤しているような、そんな雰囲気だ。
――シュヴーが、口を開く。
「ふふっ。お前に言っても、理解できないさ。……お前は――」
続く言葉に、思わず目を見開く。
小さく、小さく。集中して聞いていないと、聞き逃してしまうような、そんな声で呟かれた言の葉には、彼の『願い』が籠っているような気がした。
そして、その言葉以降、シュヴーは俯いて、黙り込んでしまった。もう、口元も見えない。
メルツは、何と声をかければいいのかわからず、困惑していた。
「――メルツさん、そろそろいいですか?」
そこへ、穏やかな男性の声が聞こえた。
振り向くとそこには、青と白を基調とする騎士服を着た、垂れ目で短髪の、瞳と髪共に茶色の色彩を持つ、優しげな面立ちの青年が立っていた。
その姿を見て、メルツの緊張感が思わず緩み、少しぼんやりしてしまう。
しかし、はっとして、
「あっ、はい! すみません!」
と、慌てて返事をする。
どうやら、待たせてしまっていたようだ。申し訳なさを感じる。
「大丈夫ですよ。問題なければ、さっそく始めましょうか」
青年に優しく促され、メルツがシュヴーの方を向くと、彼は他の騎士に拘束されているところだった。
シュヴーは抵抗せず、声を出すこともなく、俯いて大人しくしている。
そんな彼に、青年と共に近づき、メルツの歩幅四歩分くらい空けた位置で立ち止まった。
「では、彼とネックレスの浄化をお願いします。問題なく浄化できれば、正式なピュリファイアの証である、銀のバッジをお渡しします」
そうメルツへ案内したこの青年は、騎士であり、そして、指導官でもある。つまり、メルツが選ばなかった選択肢、ピュリファイア資格を持つ騎士だ。
指導官自体は、騎士に限定するものではなく、ピュリファイア資格所持者が、指導官試験を合格すれば、なることができるそうだ。指導官の見分け方は、銀のバッジに石が二つ付いており、内一つが黄色か否か、でわかるらしい。
今回は計画のこともあり、騎士兼指導官の方の同行が望ましかったため、お願いした結果、承諾してくれたのが彼だった。
――色好い返事が貰えて、本当に助かった。でなければ、シュヴーと魔法具の浄化を行うことで銀バッジを得る、ということが、成り立たなくなっていただろう。
メルツは、左手に持っていた銅のバッジを、パーカーワンピースのポケットへ直し、
「はい。お願いします」
と、返すと同時に、両手を前に出して、意識をそちらへ集中する。
浄化されるように、想いを手に込めると、そこから温かな光が溢れだした。そして、黒い靄を包み込んでいく。
――光が収まると、そこに黒い靄は無く、穢れは感じなくなっていた。
「うん、バッチリですね。お疲れ様でした」
労わるように青年からそう声をかけられ、じわじわと、達成感が湧いてくる。――が、まだ少しだけ、信じられない、という気持ちもあった。
やるしかない、と思い、成功を信じてやったが、心の片隅に、失敗への不安もあったのだ。
「はい、これが、正式にピュリファイアになった証です。失くさないように、身に着けておくことをお勧めします」
青年はそう言いつつ、メルツへ銀のバッジを手渡す。
手渡された銀のバッジには、銅のバッジと同様に、何かの文字のようにも見える、ピュリファイアの標章が彫られている。そして、銅のバッジには無かった、小さな石が一つ、標章の上に嵌め込まれていた。――指導官のバッジは、石が二つだったため、これは、普通のピュリファイアの証、ということだろう。石の色は、緑だ。
メルツが、まじまじとバッジを眺めている間にも、指導官の青年は「僕も、失くしかけたことがありますから~。ははは」と、のんびりした口調で話している。
……どうやら、彼の教訓を教えてくれたらしい。
そこへ、
「失礼します。我々はこれで」
と、キビキビとした男性の声が割って入る。
(って、
まだ全て終わっていないというのに、浄化できたことや銀のバッジに、つい意識を傾けてしまっていた。
気を引き締めないといけない、と思いつつ、失くさないように銀のバッジをパーカーワンピースの胸元に着ける。
「あ、僕も行かないと。それではメルツさん、またどこかで会えるのを、楽しみにしています」
「はいっ、ありがとうございました!」
青年に、はっきりとお礼を伝える。
浄化成功の要因として、彼の存在があった。
もし失敗してもフォローしてもらえる、という安心感は、メルツへ勇気をもたらした。おかげで、失敗への不安に囚われずに済んだのだ。
彼が担当してくれて、本当に良かった。
メルツは、青年と騎士団員たちに連行されるシュヴーを見送る。
シュヴーは、最後まで顔を上げることも、言葉を発することもなかった。
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