第五章 第三節 ずっと抱いていた疑問を口にする

「――そこに入っているのは、『魔物をけしかける魔法具』よね」

「ん? なんだい? それは。そんな物、僕は知らないけど……。さっきから変な言いがかりは止めてくれないかな?」

「……じゃあ、そのポケットの中身、今ここで出しても大丈夫なはずよね? だって、あたしの言いがかりなんでしょ? なら、見せて、それを証明すればいいわ。あんたの言うことが正しければ、ちゃんと謝――」

「んふふふふっ。アハハハハハハハハッ」


 突然、シュヴーの笑い声が辺りに響いた。


「ほんっとお前、腹が立つよね~。あーあ、ほんと、なんでお前死んでないの? 相変わらずしぶとすぎ。ペアリングしていた魔物の反応が消えはしたけど、てっきり、お前を喰ってから、騎士団のやつらにでも殺られたのかと思ってたのになあ。ザンネン」

 聞こえてくる声は、甘くて、ドロドロしていて、それでいて狂気じみている。


 思わず、一歩下がりそうになる足を必死で堪える。

 ここで下がってしまえば、心が負けそうな気がしたからだ。

 怖気づかないように、目を逸らさず、真っ直ぐに、メルツはシュヴーを見据える。


「――本当に、生意気な顔だよ」


 ぽつりと呟かれた言葉が、メルツの耳に届く。

 その台詞に宿るのは、明確な殺意。

 背筋に、冷たいものが走った。が、飲み込まれないように、握り締めた手に力を入れる。――左手で握ったままの銅のバッジが、メルツに、少しの落ち着きと勇気をくれた気がした。

 浅く息を吐き、気持ちを立て直す。

(――院長の前だっていうのに、取り繕うのをやめるなんて……)

 魔法具について認めたとしても、そちらは最後まで貫くと思っていた。

 素早く院長を盗み見る。

 暗がりでわかりづらくはあるが、彼は、この状況を静観しているように見えた。

「で、どうするつもりだい? 浄化しようにも、お前は銅バッジ。浄化の許可は与えられていないよね?」

 シュヴーはそう言いながら、ズボンの左ポケットから大ぶりなネックレスを取り出し、こちらへこれ見よがしに見せつけてくる。

 暗さの影響で、大きなペンダントトップがついていることしかわからないが、恐らく、あれが『魔物をけしかける魔法具』なのだろう。現に、あのネックレスから穢れを感じ取ることができた。

 浄化については、シュヴーの言う通りだ。見習いは、許可がない状況での浄化を許されていない。

「あははっ。だんまりか~。さっきまでの威勢の良さはどこへ行ったんだい? まあいいけどね。ふふっ。お前に、とっておきの話を教えてあげるよ」

 楽しそうな声で、勿体ぶったように話を続ける。

「……実は、僕がペアリングしていた魔物は、一体だけじゃないんだよね~。ってことで、今度こそお前を殺してあげるよ!」

 シュヴーの声が、高らかに響き渡る。


「さあ、来い! こいつを殺れ!」


 シュヴーの命令を受けて、ネックレスのペンダントトップが、強く光を放つ。


 ――が、段々と、輝きは失われていき、

「なんでだ、僕の魔物が……死んだ?」

 ネックレスは、沈黙した。


「この時間帯に、騎士団の巡回はないはず――」

 シュヴーの表情が、呆然としたものから、はっとしたものへ変化する。

「まさか、お前……!」

 そして、憎憎しそうにメルツを見る。

 その声に、余裕はない。

「シュヴーの察している通りよ。今、この孤児院の周りには、騎士団の方たちがいるの。だから、――大人しく投降して」

 そう、静かに告げる。

 メルツは、一人で孤児院まで戻ってきていない。――騎士団の人たちに、送ってもらったのだ。そしてそのまま、孤児院周辺で待機してもらっていた。

 つまり、魔法具によってやってきた魔物は、騎士団員の手によって討伐された、ということだ。

「はは……、ハハハ……。ほんとお前って、最悪だよ。バカなくせしてさ。しぶとすぎるんだよ」

 シュヴーは、諦めたように笑っている。

「……褒め言葉として受け取っておくわ。……最後に聞きたい。なんでそんなに、あたしのことが、――嫌いなの?」

 ずっと抱いていた疑問を口にする。

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