第四章 第十節 心がざわつき始める

「……あまり思い出したくないとは思うのだけれど……。森へ行く前に会ったシュヴーくん、何かいつもと違うところはなかったかしら? 例えば、身に着けている物とか」

「いつもと、違うところ……」

 これもまた予想外の質問だと思いつつ、何とか思い出そうと記憶を掘り返す。

 しかし、顔を見られないようにしていたため、ほとんどシュヴーは見えていない状態だったことを思い出した。

(見えていた部分で何かないの、あたし! 何か――あ)

 メルツが見えた範囲で一つだけ、いつもと違う点があった。

「あの、シュヴーのズボンの周りに、薄っすら黒い靄が見えました! 特に、ポケット辺りが他より濃かったと思います。シュルマの森を見て、気づいたんですけれど、あれは、穢れなのかなって思いました」

 何故、シュヴーのズボンが穢れを纏っていたのかはわからない。だが、だからといって、見間違いではないように思える。

「…………」

 メルツの言葉を受け、アウローラは顎に手を当てて何かを考え込んでいる。

(……って、それって、孤児院に穢れを持ち込んでいるってことで、良くない状況なんじゃないの?)

 メルツの心がざわつき始める。

 孤児院に、ピュリファイアはいない。そのため、穢れを浄化することはできない。少量であれば問題はない、という話ではあるが、もし強まってしまった場合、対処することができない。

「……恐らくだけれど、ポケットに入っているのは『魔物をけしかける魔法具』ね」

「『魔物をけしかける魔法具』……?」

「ええ。最近、騎士団の取締りで判明したのだけれど、それを使えば、特定の対象に魔物をけしかける……、攻撃させることが可能なそうよ。状況から考えると、シュヴーくんはそれを使っている可能性が高いわね」

 話しているアウローラの表情は厳しい。同時に、何かを思案しているようにも見えた。

(アウローラさんの言う魔法具って、今朝、市場で女性たちが話していた『魔物に言うことを聞かせる魔法具』のことよね。そんな物をシュヴーが持っているなんて……)

 何故そんな物を持っているのか、どうやって手に入れたのか、メルツを殺すためだけに手に入れたのか。そして、自身が孤児院の皆を危険に晒しているということを、理解しているのか。――それとも、既に、穢れによる悪影響を受けているのだろうか。

 シュヴーに対する疑問が、次々と浮かんでいく。

「きっと、その魔法具の影響で、薄っすら黒い靄が、ポケットを中心にして現れたのでしょうね。今はまだ無事で済んでいても、魔物と繋がっている魔法具だもの。何かの拍子で、穢れが強くなる可能性は十分ある。そうなれば、彼自身も、周囲も、『変質』してしまうかもしれないわ」

「それって、魔物になるってことですよね。それで、魔物になると――」

「もう元には戻せず、殺すしかなくなってしまう。その上、浄化にも複数人のピュリファイアが必要よ。魔物の数が多ければ多いほど、レベルが高ければ高いほど、より大変になるわ」

「は、早くどうにかしないと!」

 思わず声を荒げ、立ち上がってしまう。

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