第四章 第八節 街や市場で見かける女の子たちの姿が過った
「そうね……。まずは、メルツちゃんのやってみたいことについて、教えてもらおうかしら」
「やってみたいこと、ですか?」
「ええ。現状のことは一旦置いておいて、もし、何でもできるとすれば、どんなことをしてみたい? 院長からの話の前に考えていたことがあれば、それでも大丈夫よ」
「そう……ですね……」
思ってもみなかった質問に、多少驚きつつも、目を伏せて、思考に集中する。
(やってみたいこと……。何がある……?)
そんなこと、これまで、考えたことがなかった。
何を思っても、考えても、結局は無駄で。
院長からの話がある前も、斡旋所で仕事を紹介してもらおう、とは思っていたけれど、それだけだった。
――ふと、街や市場で見かける女の子たちの姿が過った。
「あ……」
やってみたいこと、あったかもしれない。
伏せた視線を戻し、彼女へ返事をする。
「その、あたし、街とか市場で女の子たちを見かける度に、いいなあって思っていて……。オシャレの話とか、話題のお菓子の話とか。みんな、キラキラしていて」
話し出すと、どんどんイメージが膨らんでいく。
「髪はアレンジをして、メイクもして、身体にも殴られた痕はなくて、もっと健康的な身体で。友達を作って、彼氏……はあんまり想像できないけれど。色んなお店に行って、行ったことがない場所にも行って。……もし、本当に何でもできるなら、あたしもそういうの、してみたいです」
話していて、気がついた。
(あたしは、そういう未来が欲しいんだ)
メルツは、自分の中の『願い』を自覚した。
「素敵ね。では、それをどうすれば実現できるか、だけど――」
「えっ! これ、実現できるんですか?」
驚き、思わずアウローラの言葉を遮って、聞き返してしまう。
今話した内容は、現状を抜きにして考えた、夢物語のようなものだ。――夢は夢であって、現実にはならない。
しかしアウローラは、メルツの問いには答えずに、不敵な笑みを浮かべるばかりだ。
「さて、大きな障害は、院長とシュヴーくん、という認識だけれど、それで合っているかしら?」
今は答えを得られそうにないため、メルツは、
「はい、大丈夫です」
と返事をして、そのまま話の流れに乗る。
「どちらから考えたい、とかはある?」
「うーん……、まずは、院長についてお願いします」
どちらも難問だが、まずは、シュヴーの件より先に頭を悩ませていたことについて、どうにかできるならしたい、と思った。
「では、確認なのだけれど、院長は『ピュリファイアになれ』と言ったのよね?」
「はい」
「つまり、『騎士団に入れ』とは言っていないのよね?」
「……はい」
アウローラの質問に答えていくが、その意図がわからない。どういうことなのだろうか。
「ピュリファイア資格の取得と、騎士団への入団は同じではないわ。騎士団へ入れば、魔物との戦闘を避けることは難しいだろうけれど、ピュリファイアはあくまでも、浄化の専門資格。魔物と戦うことは、必須ではないわ」
「はい。……でも、院長はきっと、騎士団へ入ることも含めて、言ったんだと思います」
「ええ、そうね。――相手の発言の意図を読み取って考えられる、それはメルツちゃんの美徳よ。ただ今回は、その美徳を使わず、額面通りに受け取ってみるのはどうかしら?」
「額面通りに……?」
そのまま言葉通りに受け取る。
――つまり、
「気づかなかったフリ、ということですか……?」
「ふふっ。正解よ」
「え、えーーっ! そんなこと……」
「もちろん、これだけでは院長に丸め込まれるでしょうから、少し策は必要だけれど……、それについてはまた後で、ね。そもそも、ハッキリと口にしなかった院長に落ち度があるわ。そして、可能性の話としてだけれど、メルツちゃんがそう思っているだけで、実は、入団までは考えていない、という説もあるのよ」
……確かに、その通りだ。
院長の言葉から、ピュリファイアになって、騎士団に入って、魔物と戦って死んでしまう、と流れるように考えていた。だから、魔物と戦うなんてできない、けれど『恩を返す』ということを考えると……、という風に悩んでいた。
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