第四章 第七節 「どうすればいいの……?」
(でも、せっかく助けてもらった命を、そんな風にしていいの? それじゃ、アウローラさんやマスターの優しさが、意味のないものになってしまうのではないの?)
こんなに良くしてくれた恩人たちに、そんな形で報いたくはない。それは、自分が忌避する『恩を仇で返す』行いだ。
だが、それではいったい、
「どうすればいいの……?」
思わず、メルツの口から、途方もない気持ちが漏れ出た。
「――なら、これからどうすることが、メルツちゃんにとっての最良――納得できる結果に辿り着けるのか、一緒に考えてみない?」
アウローラの言葉に、そろそろと視線を上げる。
「実は私、このカフェのオーナー以外に、『キャリアコンサルタント』というお仕事をしているの。主な仕事内容は……そうね、人生相談の専門家、と表現した方が伝わりやすいかしら?」
そこでふと、貰った名刺の存在を思い出し、パーカーワンピースのポケットを探る。
(あった)
取り出して、改めて確認してみる。
確かに、名刺の表面、彼女の名前の上に、『キャリアコンサルタント』と記載されている。
「……あれ? そういえばあたし、なんで読めるんだろ……?」
疑問が思わず声に出る。
メルツは、文字が全く読めないわけではない。しかし、最低限レベル、と言えるだろう。
(それにこの名刺、何となく、浄化石と同じ感じがするような――)
「ふふっ。その名刺には魔法がかかっていて、文字が読めない人や、どのような文化圏の人でも読めるようになっているのよ。でないと、相談したいことができたのに、ここへ辿り着けないから相談できない、なんて、それでは意味がないもの」
アウローラが、笑みを零しながら、メルツの疑問に答える。
確かに、名刺の内容が読めなければ、それはただの紙になってしまう。
「まだ、『キャリアコンサルタント』の知名度は低いけれど、王都では徐々に増えているの。この国では、『心理職』としても扱われているわ」
その説明を聞いて、ピンとくる。
確か『心理職』は、主に、穢れの予防や早期発見、穢れの浄化が行われた後の生活復帰支援などを行っている職の、総称だったはずだ。
よく名前を耳にするのは『心理士』で、心に主軸を置いてそれらに対応する職業……だったと思う。実際に見たことがないため、どんな風に仕事をしているのかなどは、全く想像もつかない。
つまり、
「えっと、『キャリアコンサルタント』は『心理士』の人生版……みたいな感じですか?」
「ええ、その理解で大丈夫よ。一応補足すると、『心理職』はこの国の中だけでの話なの。だから、基本は人生相談の専門家で、国内に居る間は『心理職』としての勤めも行う、という感じかしら」
なるほど。説明を聞いて、概ね理解した気がする。――いや、『人生相談の専門家』が、まだイマイチわからないが……。
食事を終えた頃までに分からないままだったら、改めてアウローラへ質問してみよう、と心に留め置く。
(――ん? そういえば……)
一つ、疑問が浮かぶ。
「あの、あたしを助けてくれたとき、魔物を倒されてましたよね? あれも、お仕事の一環なんですか?」
助けてくれたあの時、アウローラに動じた様子はなかった。むしろ、手慣れているようにも見えた。
ということは、『キャリアコンサルタント』や『心理職』には、戦闘能力が求められるのか。――彼女が、魔物を倒すプロである、『冒険者』という説もあるが。
(普段穏やかに微笑んでいるアウローラさんが、魔物を倒せるくらい強いって、ほんと、とんでもないギャップよね)
そのギャップが、より一層、彼女の魅力を引き立てている気がする。
「……。そちらは、仕事の一環……というわけではないの。そうね……、魔物と遭遇したときに何とかするため身に付けた、という感じかしら」
少し考える素振りを見せた後、アウローラはそう答えた。
その言葉に驚愕する。
(ということは、あれでプロではない? 護身のために身に付けたってことよね? 魔物を倒せるのが護身レベルだなんて……。無理、あたしじゃ一生かけても辿り着けそうにない域だわ。まず、魔物を前にして動ける時点ですごいもの)
流石アウローラさん、とメルツはしきりに感心する。
「そうそう。あの後、魔物の対応もきちんとしたから安心してね」
そう言ってアウローラは、言葉通り、こちらが安心するような笑みを浮かべる。
魔物を倒した後には、穢れが残る。その穢れは、ピュリファイアが浄化しなくてはならない。
しかしアウローラは、ピュリファイアの資格証明たる銀のバッチを着けていない。ということは、穢れの浄化はできない。
つまり、きっとあの後、騎士団の人を呼んで、浄化をお願いしたのだろう。
「それで、先ほどの提案に戻るのだけど……、どうかしら? 専門ではあるから、メルツちゃんの力になれるかもしれないわ」
再度、アウローラはメルツへそう問いかけ、返答を、穏やかな雰囲気で待っている。
(うん。自分だけじゃ、もうどうしようもないし、アウローラさんに、一緒に考えてもらおう)
彼女と共に考えれば、良い案が出てくるかもしれない。
そう思うのは、アウローラが専門家であることだけでなく、これまでの関わりの中で培ってきた信頼によるところも大きい。
「じゃあ、お願いしてもいいですか……?」
「ええ、もちろんよ」
快諾してくれたアウローラの表情は、こちらを包み込むような、柔らかなもので。
暗闇の中で見つけた、一筋の光のように感じた。
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