第四章 第六節 ずっと誰かに自分の話を聞いてほしかったのかもしれない
(でも、こんな話、してもいいの? 嫌に、思われない?)
メルツの中で、聞いてほしい、という気持ちと、嫌に思われたくない、という気持ちがせめぎ合う。
(――いえ、やっぱり、聞いてもらうのが一番ね。嫌に思われていたら、今頃とっくにカフェの外に居るはず。そのタイミングなんて、いくらでもあったもの。迷惑の上乗せ、みたいになっちゃうけれど……。必ず、恩は返すわ。だから、今は、お言葉に甘えさせてもらうのよ)
悩んだ末、自分の中で結論を出す。
メルツが勇気を出して、聞いてほしい話があることを伝えると、彼女は快く承諾してくれた。
そのままの勢いで、これまであった出来事を話す。
アウローラは、言葉に違わず、真剣に、時折相槌を打ちながら、メルツの話に耳を傾けてくれた。
――一通り話し終えると、気持ちが少し楽になった気がした。
もしかすると、ずっと誰かに自分の話を聞いてほしかったのかもしれない。
「……話してくれてありがとう。大変だったわね。これまで、よく頑張ってきたわ」
「――っ」
アウローラの優しい言葉に、また涙が込み上げてきそうになる。
(……そうよね、あたし、頑張ったよね。上手くいかなかったことの方が多かったけど、それでも、自分なりに頑張ったのよ)
どうすれば良かったのか、未だにわからない。聞いても、考えても、答えは得られなかった。
そうして、院長やシュヴー、他の孤児院の子たちとも、分かり合うことを諦めてしまった。
けれど、それでも、拾ってくれた恩は返そうと、孤児院のために一生懸命やってきたつもりだ。
それを、初めて認めてもらえたような気がした。
「……今話してくれたことを纏めると、メルツちゃんは元々、孤児院を出る必要がある十六歳になったら、斡旋所へ行って仕事の紹介してもらいたい、と考えていた。自分にどんな仕事ができるのかわからないから、内容についてはそのときに考えよう、と。でも、誕生日まであと三日だった昨日、突然浄化スキルに目覚めてしまい、院長からピュリファイアになるよう求められた。その上、それを知ったシュヴーという男の子の手により、暴力や食事を取れないよう手回しされ、――命まで狙われるようになった」
メルツは、同意を示すために、頷きを返す。
「初めて会った時の頬の怪我は、その彼にやられたものだったのね。しかも、これまでもずっと彼は――、彼らは、暴力を振るってきた、と」
アウローラの口調に、ほんの少し、棘が混ざった。
これまでずっと穏やかだったため、少し驚く。
「――本当に、よくここまで耐えてきたわね。ただ……、ここから先は、耐えることが難しいように思えるわ」
気を取り直したように口調を戻したアウローラは、悩まし気な表情でそう言った。
それに対し、メルツも、自分の考えを伝える。
「はい。シュヴーの耳に入った時点で、また命を狙われて……。暴力はまだ耐えられても、これは……だめだと思います。唯一、道があるとすれば、シュヴーに見つかる前に、院長へ騎士団に入る宣言をする……くらいだと。そうすれば、少なくとも殺されることはない、と思います。ただ――それってつまり、魔物と対峙するってことで。その……、結果は同じになるんじゃないかって思うんです」
シュヴーの手の内で殺されるか、それとも魔物に殺されるか。
初めは、院長への恩で悩んでいた二つの選択肢。それがまさか、どちらを選んでも同じような未来へ繋がることになろうとは、思ってもみなかった。
「……なんでそんなに嫌われているのか、わからないままですし、まさか命を狙われるレベルだなんて思ってもいなくて……」
流石に殺されることはないだろう、なんて、呑気なことを考えている場合ではなかった。
「やっぱり、院長の言うことを聞くしかない、のかなあ。そもそも、他の選択肢が残っているって考えも甘いのかも……」
そう呟きつつ、だんだんと視線が下がっていく。
もしかすると、心の奥底では分かっていて、認めたくないだけなのかもしれない。――それ以外の選択肢など、ないことを。
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