第四章 第五節 (帰るって、いったいどこへ?)
「……すみません、色々と、本当にありがとうございます」
思い切り泣いたメルツは、少しぼうっとしながらも、二人にお礼を言った。
アウローラは、メルツが泣き止んで落ち着くまで、抱きしめながら頭を撫で続けてくれた。
オーンドカルムは、メルツが落ち着いたタイミングで、温かいタオルを差し出してくれた。――おかげで、目の腫れぼったさがマシになった気がする。
「それと、本来ならすぐに言わなきゃいけなかったことなんですが……、あたしを助けて下さって、本当にありがとうございました!」
心からの感謝の気持ちを込め、メルツは頭を下げる。
特にアウローラには、出会ったときから助けてもらってばかりだ。
「気にしないで。あなたが無事で、本当に良かったわ」
アウローラは、心底ほっとしたような表情でそう言った。
「ええ、アウラの言う通り、気にすることはありません。……ところで、食べ物のリクエストはありますか? 夕食にしては遅めの時間ですので、軽い食事でも作ろうと思うのですが」
その言葉を聞いてはっとする。
「あの、今って……」
「今は二十時過ぎですよ。おおよそ七時間眠っていましたから、今はまだ感じていないかもしれませんが、そのうちお腹も空いてくると思います」
オーンドカルムはそう話しつつ、カウンターの中へ入って、食事の準備を始めている。
「あたし、そんなに眠ってしまっていたのね……。って、こんなにお世話になって、更に食事までっていうのは流石に……。あたし、帰り――」
言いかけて、気づく。
(帰るって、いったいどこへ?)
孤児院内で、院長の次に権力を持つシュヴー。その彼に殺されかけ、運よく助けてもらったが、きっとメルツは、もう死んだと思われているはず。
(もし、孤児院へ戻ったとして、それで? 殺せなかったことを理解したシュヴーに、また殺されそうになるだけじゃないの……?)
メルツは、理解した。
自分は、帰る場所を失ったのだと。
(……嫌な思い出の方が多いあの場所を、結果的に出られたことは良いことのはずなのに。モヤモヤするわ……)
結果は良いが、その中身――自分から手放すのではなく、強制的に失ったこと――に納得していない、といったところだろうか。
……命があるだけ良かった、と思うべきなのだろうが――。
「遠慮する必要はありませんよ。二人分でも三人分でも、私にとっては大して変わりませんから。『サロン・ド・テ・アウローラ』の正規メニューではないことは、申し訳ありませんが……」
「カフェのメニューではなくても、うーさんの料理はどれも絶品だから。是非食べてみて」
メルツが考え込み始めそうになっていたところ、二人からそう声をかけられる。
少し考えたメルツは、その申し出を、有難く受けることにした。リクエストは特に思いつかないため、お任せでお願いする。
(食事を終えるまでの間に、ここを出た後のことを考えておかないと……)
断りかけていた申し出を受けることにした理由として、考える時間を確保したい、という思いがあった。
帰る場所が無くなった今、今日、夜を明かす場所を、まずは最優先で考えなくてはならない。
「では、私は料理に集中しますから、二人はゆっくり過ごしていて下さい」
そのオーンドカルムの言葉に対し、アウローラと二人でお礼を言う。
彼が軽く頷き、言葉通り集中し始めたのを見届けると、アウローラがメルツの方へ向き直った。――こちらへ向ける眼差しは、とても優しい。
「食事ができるまでの間、好きに過ごして大丈夫よ。文字が読めるなら、本もあるから読んでくれて構わないし……。何か話したいことがあれば、私で良ければ聴くわ」
――アウローラの言葉を受けて、メルツの中に一つの考えが思い浮かぶ。
(……アウローラさんに、話を聞いてもらう?)
正直、これからどうすればいいかわからない。
当初の予定通り、仕事の斡旋所へ行って、何か職を紹介してもらったとして、街で孤児院の関係者に姿を見られたら一発アウト。シュヴーの耳に入って、殺される未来へ一直線だ。
それに――、これまで感じてきた理不尽を、洗いざらい話してしまいたい、という気持ちもあった。
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