第四章 第三節 営業妨害にはなっていなかったようだ

 メルツが、もはや芸術品を鑑賞するような気分で眺めていると、二人の視線がこちらへと向いた。

(び、美男美女に見られると、なんだか緊張してくるわね……。あ、会話を全く聞いていなかったわ。……二人で話していたし、大丈夫……よね?)

 美男美女に見つめられるドキドキと、話を聞いていなかったドキドキで、また心臓がうるさくなってきた。

 そんなことを思っている内に、二人は、メルツの方へ視線を向けたまま、最初に男性が立っていたところまで移動してきた。

「目が覚めて良かったわ。どこか、不調を感じるところはないかしら?」

「――……っ」

 アウローラに優しく尋ねられ、返事をしようとするも、上手く声が出せない。

 そこでようやく、メルツは、喉の渇きを自覚した。

「すみません、お出しするのが遅くなってしまい」

 男性のその言葉と共に、ローテーブルの上へ、水の入ったグラスが置かれた。

 頭を下げることでお礼の気持ちを伝え、有難く頂く。

 水は、程よく冷えており、とても美味しく感じる。もしかすると、今まで飲んだ水の中で一番かもしれない。

 自身で感じていた以上に喉が渇いていたのか、あっという間にグラスの中の水を飲み干した。

 小声で、少し声を出してみる。

 ……これなら話せそうだ、と感じ、グラスをローテーブルに置いて、二人へ向き直った。

「あの、お水、ありがとうございます。とても美味しかったです。不調を感じるところは……特にないような気がします。それどころか、いつもより調子が良いような……」

 話しながら、自分の身体の状態に意識を向ける。――いつも感じていた慢性的な疲れが、今は無いように思える。

 やはり、自分のベッドより寝心地の良いソファで眠らせてもらったからだろうか。寝具の質の重要性を感じた。

「それと、ソファに寝かせてもらっちゃってすみません、ありがとうございます! その、寝心地がとても良かったです!」

「ふふっ、なら良かったわ。……と、彼を紹介しないといけないわね」

 そう言って、アウローラは男性の方へ視線を一瞬向けて、またメルツの方へ戻す。

「彼はオーンドカルム。私の夫で、ここの『マスター』でもあるの」

「妻からお話は伺っていました。是非、『マスター』とお呼び下さい」

 オーンドカルムの言葉に、メルツは了承の言葉を返す。

 そして、

「ご夫婦だったんですね! お揃いの物を身に着けられていたので、それに近い関係かな、とは思っていました。夫婦でカフェ経営、素敵ですね!」

 と、思ったことを伝えた。

 アウローラの髪留めのデザインは、きちんと確認できていないが、ピアスに関しては、デザインが同じため、お揃いだとわかる。

 更に、オーンドカルムの身に着けているピアスや紐タイの石が、アウローラの瞳の色にそっくりだ。――もしかすると、アウローラの着けているピアスの石の色から、オーンドカルムの瞳は、それと同じような色合いなのかもしれない。

 お揃いの物を身に着けることや、相手の色を衣服や装飾品へ取り入れることは、カップルや夫婦の間では定番だと、聞いたことがある。市場でも、見かけたことがあった。

 先ほどのやり取りの様子や、装飾品から伝わってくるように、二人は、大変仲睦まじい夫婦のようだ。

「ありがとう。そう言ってもらえると嬉しいわ」

 アウローラが嬉しそうに微笑み、その様子を、オーンドカルムが愛おしそうに見つめている。

(美人なオーナーと、謎に色気のあるマスターがいるカフェ。夫婦だとしても、いえ、だからこそ眺めていたくて、お客さんが殺到しそうだけれど……)

 尊い光景を尻目に、メルツは店内を盗み見る。

 二人が立つ位置の奥には、ローテーブルと同色のカウンターとキッチンが見える。カウンター席は四席で、ゆとりがあるような印象だ。その上、天井がとても高く、開放感があり、カウンター席の居心地はとても良さそうだ。

 しかし今は、メルツの他にお客さんが居るようには見えない。

 こんなに素敵なカフェなのに、どうしてなのか。――いや、席数を考えると、殺到されても困るのか。

 そんなメルツの心中の声が聞こえたのか、アウローラは、疑問に答えるように話し出した。

「今はお店を閉めているの。だから安心して、ゆっくりしていって」

「あっ……、もしかして、あたしを寝かせるために、ですか?」

 そのことに思い至り、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。

 もしかしなくても、営業妨害をしたのではないだろうか。

「言葉が足りなかったわね、ごめんなさい。今日は元々、お店を閉めていたの。だから、気に病まなくても大丈夫よ」

 付け加えられたその言葉を聞き、メルツはほっとした。

 営業妨害にはなっていなかったようだ。

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