第四章 第二節 見ているだけで、こちらも幸せな気持ちになってくる
少しずつ思い出してきた、最後の記憶。
魔物から助けてくれた恩人。あれは――。
「目は覚めましたか?」
突然、背後から男性の声が聞こえ、メルツは驚きのあまり、肩が跳ねた。
(え? え? 人の気配なんてなかったけれど! というか、後ろの確認をどうしてしなかったの、あたし! や、やばい人じゃない……わよね?)
後悔が押し寄せる。
一番重要とも言える、後ろの確認を忘れ、思索に耽ってしまっていた。
しかし、時間は巻き戻せないし、声をかけられた以上、振り向かねばならない。
ごくり、と唾を飲み込み、覚悟を決める。緊張と不安で、静まったはずの心臓が再び脈打つ。
小さく深呼吸をして、恐る恐る振り返った。
(う……わあ……)
振り返ると、そこには、長身の途轍もない美形の男性が立っていた。
その麗しい見目への衝撃により、先ほどまで抱いていた緊張や不安も、どこかへ行ってしまう。
まず目を引くのは、淡い紫色の髪で、少し青みがかっているようにも見える。長さは、肩につくくらいで、それを左の方で緩く結んでいる。着けている金色の髪留めは、スリジエの花のデザインだ。
前髪も長く、目にかからないように分けられているが――、
(い、糸目! 噂に聞く糸目! すごい、初めて見たわ。前、見えているのよね?)
そこから覗く目は、所謂、糸目だった。
実物を見ることができ、思わず興奮し、好奇心が疼く。
聞くところによると、糸目にも色んな印象のタイプがあるらしい。
メルツの目の前に立つ男性は、物腰が柔らかそうで優しげな雰囲気だ。そういえば、先ほど聞いた声も、雰囲気に違わず穏やかだった気がする。
「ふむ、顔色は悪くなさそうですが……」
男性が、こちらを観察するように見つめ、思案気な表情で呟く。
その声を耳にした瞬間、またもメルツは衝撃を受けた。
(――か、顔だけじゃなく声も良い! さっきは驚いていて意識がそっちに向かなかったけれど、とんでもない美声だわ!)
耳に残る低音。何故か色気まで感じ、ドキドキしてしまう。頬や耳が、勝手に熱くなってきた。
男性は、白色のシャツを腕まくりしており、胸元には、黒色の紐タイを身に着けている。特筆すべきは留め具部分で、赤のようなピンクのような色合いの、美しい石が輝いている。これは、宝石なのだろうか。よく見ると、彼の左耳に着いているピアスの石と、同じ物のように思える。
黒のパンツと、腰には同色のサロンエプロンを着用していることから、喫茶店やカフェのマスターなのかもしれない。
……ただ、それよりも。どうしても、彼の放つ色気にメルツの意識が向いてしまう。腕くらいしか露出していないはずなのだが。
これが所謂、『禁欲的な色気』というものなのだろうか。
目が吸い寄せられてしまい、逸らせない。ぼうっと見てしまう。
(この人、外を歩くの、毎回大変なんだろうなあ……。街中の女性たちが殺到して……。店も大繁盛……みたいな。その光景が目に浮かぶわ。それこそ、アウローラさんと同じ感じで……ん?)
ふと思う。
(あの髪留め、アウローラさんの髪留めと似ていない? あと、ピアスのデザインも。しかも、ピアスと紐タイの石、これってもしかして――)
ガチャ、という扉の開く音が聞こえた。
それにより、メルツの思考が現実へ引き戻される。
音の方――男性の立つ位置の左奥にあった扉――へ、視線を向ける。
そこから現れたのは、今朝見た姿のアウローラだった。
「アウラ、メルツさんの目が覚めましたよ」
男性がアウローラに声をかけ、そのまま二人は話し出す。
が、メルツの頭に、彼らの会話は一切頭に入ってこない。
というのも、
(なにあれなにあれなにあれ! あっっま! やば、え? 声あま)
甘いしか出てこない。まるで、砂糖をそのまま食べたかのような甘さだ。
そうして、メルツがその声の甘さに驚愕している間に、男性は、いつの間にかアウローラの傍へ移動しており、髪を梳いたり、頭を撫でたりしている。
こちらへ背を向けているため、男性の表情は見えないが、その様子から、アウローラのことが好きで好きでたまらないのだと伝わってくる。
アウローラの表情も、照れてはいるが嬉しそうなことから、二人は相思相愛なのだろう。
(あ、アウローラさん可愛い! 美人の照れ顔って破壊力がすごい! な、なんて尊い光景なの……。邪魔をしないところでずっと見ていたいわ。うう……きゅんきゅんする。ときめきで胸が苦しいって、こういうことなのね)
見ているだけで、こちらも幸せな気持ちになってくる。
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