第三章 第二節 実感が湧かない
(――っ、あ……れ? あたし、まだ生きている……?)
思っていた衝撃が来ないことを、不思議に思う。
目を閉じた瞬間に見えたのは、こちらへ襲い来る魔物の姿。であれば、とっくにメルツは殺されているはずだが、まだ生きているように感じる。
実はもう殺されていて、死んでいることに気づいていないだけ……とも思った。しかし流石に、あの牙にやられて痛みがない、ということはないだろう、と即座に否定した。
仮に、魔法が使える魔物だったとしても、全く衝撃を感じないのはおかしいのではないだろうか。
(そう、感じるのは冷気だけで……って冷気?)
何故か、ひんやりとした空気を感じる。目を閉じる前までは感じなかったものだ。
(やっぱり、目を開けるべき……よね。すごく、怖いけれど……。どういう状況か、このままじゃずっとわからないままだし……。うん、勇気を出すのよ、あたし!)
迷った末、自分を鼓舞し、恐る恐る目を開ける。
――そこには、驚きの光景が広がっていた。
真っ先に目に飛び込んできたのは、美しい濡羽色の髪を持つ女性の後ろ姿。長い髪をハーフアップにしており、金色の髪留めが太陽の光を受けて輝いている。黒いシンプルなフード付きの外套を着ているため、体型は分かりにくいが、その立ち姿から、美しい女性なのだろう、と想像することは難くない。静かに佇むその姿を見ていると、ほんの少しの恐れを感じた。
次に目に入ったのは、黒い布に覆われた、ほっそりとした手に握られている双剣。透明で、薄っすら水色がかっており、キラキラと輝いている。まるで、美しい氷の彫刻のようだ。
そして最後に、その女性の目の前には、メルツに襲い掛かろうとしていた魔物が、力なく地面に横たわっていた。
――目の前の光景が、上手く処理できない。
先ほどまでは死を覚悟していた。もう助からないだろう、と。
だが、
(もしかして、助かったの……?)
実感が湧かない。これは、現実なのだろうか。
それに――。
(この後ろ姿、もしかしなくても――)
女性の手から、剣が光の粒となって消える。そして、こちらへ振り返った。
――思った通り。目の前の女性は、今朝、市場で出会った、アウローラだった。
「大丈夫? 怪我はない?」
優しく、そして心配そうに尋ねられる。
その問いに答えようと、口を開こうとした瞬間――。
(あ……れ……、上手く口が開かない。声も、出せないわ……)
意識が、だんだん遠のいて――。
慌てて駆け寄ってくるアウローラの姿が見えて……。そこで、メルツの意識は途絶えた。
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