第二章 第一節 見つかってしまったわ……
(はあ……。見つかってしまったわ……)
空は変わらずの秋晴れだが、メルツの心の中では土砂降りの雨が降り始めた。アウローラと出会った朝は、最高に気分が良かったが、孤児院へ帰って来てからは下り坂。昼前である今に至っては、憂鬱な気持ちでいっぱいだ。
(会いたくない、と思ったときほど、その人と遭遇してしまうのは何故なの……)
孤児院の裏手。周囲に木が生えているだけの、何もない少し開けた空間。ここで今、メルツは、シュヴーと二人きりで向き合う羽目になっていた。
この場所は、普段から人の気配がなく、優等生の仮面を被ったシュヴーにとって、他者に知られたくないことを行うのに最適な場だ。――気がつけば、彼以外が勝手に近寄ってはならない、という暗黙の了解もできており、院内の者はきちんとそれを守っている。そのため、そのルールができて以降、より人の気配はなくなり、大層静かになった。聞こえてくる音があるとすれば、葉擦れの音くらいだろうか。
(昼なのに薄暗いし、不気味な感じもするし、いい思い出どころか悪い思い出ばかりだし、早く部屋に戻りたいわ……)
少し開けた空間ではあるが、周囲に木々が生い茂っているため、太陽の光はあまり届かない。生き物の声も聞こえず、木々のざわめきだけを聞いていると、どこか不安な心持ちになる。加えて、何かにつけてここへ呼び出され、暴力を振るわれてきた身としては、良い気持ちになどなるはずもない。回れ右をして、自室へ駆け込みたい気持ちでいっぱいである。
(そんなことをすれば、より状況が悪化するとわかっているからしないけれど、今度は何を言われるのか……。考えるだけで最低な気持ちになるわね)
昨日もここで、顔を殴られたばかり。また顔を殴られるのは、絶対に嫌だ。それに、せっかくアウローラに治してもらったことが無駄になってしまう。
(痛い思いなんてしたくないし……ってそうそう、フードが外れるのは絶対だめで、喋るのもだめよ、あたし。それをやっちゃうと、きっとシュヴーに怪我が治ったことを気づかれてしまうわ。だから同じく、殴られるのもだめ……というか、近づかれること自体危険ね。ほんと、そういうとこ鋭いのよね……)
シュヴーは、頭の回転が速く、勘も鋭い方だ。
この局面をなんとか乗り切るためには、ボロが出ないように細心の注意を払わなくてはならない。腹が立つ気持ちを抑え、気持ちを落ち着け、冷静に対応する。それが、勝利への鍵だろう。
(院へ戻ってからずっと、フードを深く被って俯き気味で過ごしていてよかったわ。誰かにバレたら、それが噂になって、確実にシュヴーの耳に入っていただろうから)
そして、耳に入れば最後。怪我が治ったことを暴かれて、きっと、もっと酷い仕打ちに繋がってしまう。――孤児院へ戻る前に、このことに気づけて本当に良かった。
今日、メルツが院内で他者と接触したのは二回。
一回目は、市場へ行く前にキッチンで。フードを被る前だったため、左頬の怪我を見られている。ただ、その場に居た者は皆、関わりたくないと言わんばかりに距離を空け、これといった会話も発生していない。
二回目は、買い出しから帰って、荷物をキッチンへ持って行ったとき。フードを目深に被り、返事は頷きで対応した。
これで恐らく、周囲は、メルツが話せないと思ってくれただろう。帰ってからも、フードを被り続けている理由については、顔を晒すのが恥ずかしいから、など、きっと上手く脳内補完してくれているはずだ。
そして、そういった話は、大体シュヴーの元にも届けられるため、この場で声を発さなくても、状況としてはおかしくない……と思う。
(あとは、シュヴーの機嫌ね。いつもは、表情とか態度を見て対応を考えているけれど、今回は視界も悪いから、その辺で読むのは難しいわ。雰囲気だけで判断するなら……かなり良さそうね。……? シュヴーの機嫌が良いなんてこと、ある?)
シュヴーの様子に、引っ掛かりを感じる。
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