第一章 第八節 魔法を見てみたい、という欲が、むくむくと頭を擡げ始めた

 小さい頃、魔法適性の有無を調べるために適性検査を受けたが、結果は、十一属性全て適性無し。

 適性が無い者でも生活ができるよう、魔法具も発展してはいるが。――やはり、自身の力で魔法を扱うかっこいい姿を見かけると、憧れと羨ましさを感じてしまう。

(回復魔法……どんな感じだったのか、とても気になるわ。目を瞑っていたことが本当に惜しい……。詳しく聞いてみたいけれど――ってあたし、それよりも先にお礼を言わないと!)

 憧れや好奇心よりも先に、通すべき筋がある。そういった気持ちは、一旦脇に置くべきだ。

 気持ちを切り替え、メルツは姿勢を正し、

「あの、本当にありがとうございます! ――えっと……」

 お礼と共に名前を呼ぼうとして、気づく。

 メルツはまだ、彼女の名前を知らない。それと同時に、自分も名乗っていない。

 自身の失礼さに気づき、思わず呻吟しそうになる。

 噴水に入ってしまうところを助けてもらい、更に怪我まで治してもらった、というのに。

「……自己紹介が遅くなってごめんなさい。私はアウローラ。周りからは、『オーナー』や『ローラ』と呼ばれているわ」

 メルツが悶々としている間に、彼女の方から自己紹介をしてくれた。

 それに対し、こちらが先に自己紹介すべきだったのに、と後悔しつつ、

「あたしはメルツって言います。そのまま『メルツ』って呼ばれています」

 と、はきはきと名乗った。

「メルツちゃんね。改めて、よろしくね」

 アウローラが、柔らかく微笑む。

 先ほどは両目で見られなかった、花が綻ぶような笑顔。

 今度は見逃さないように、しっかりと目に焼き付ける。眼福だ。

 そこでふと、自己紹介の中に気になる単語があったことを思い出した。

「あの、『オーナー』って……?」

 メルツがそう尋ねると、

「ごめんなさい。『オーナー』だけ言われても、何のことかわからないわよね。実は、カフェをやっていて、そこではそう呼ばれていることが多いの」

 と、理由を教えてくれた。

「え! カフェを経営しているんですか⁉」

「うーん……、経営、と言っても、大したことはしていないけれどね」

 アウローラは、困ったような笑みを浮かべながら、そう答えた。

 メルツからすると、カフェを運営できている時点で大したことだと思うのだが、彼女はそう思っていないようだ。

 どんなカフェなのか、試しに想像してみる。

 テラス席のある、オシャレな外観の建物で、お客さんで溢れている様子が浮かんだ。皆、一目でもいいから美人オーナーを見ようと押し寄せ、入店待ちのお客さんで、外まで長蛇の列ができている。

(こんなに美人なオーナーがいたら、お客さんがひっきりなしに来て、絶対忙しいわよね~)

 そんなことを考えていると、アウローラの表情が影のあるものに変化したことに気がついた。

 伏し目がちになったことで、彼女の長く、美しい睫毛が強調される。

「――ところで、治した怪我についてだけれど……。何か困ったことがあるなら、私で良ければ話を聴くわ。もちろん、話せる範囲で構わない。もし怪我が治ったことで不都合があるのなら、私の連れが偽装魔法を使えるから、それを使って誤魔化すことも可能よ。……どうかしら?」

 端麗な顔が、気遣うように、心配するように、こちらを見つめた。

 ――彼女の発言で思い至る。確かに、治った状態で孤児院へ戻れば、問い質されて、また殴られるかもしれない。

 アウローラは、メルツの怪我を見て、何らかのトラブルに巻き込まれている、と推察したのだろう。治した後のことまで配慮してくれていたとは。思慮深さが感じられる。

(……アウローラさんの提案を考えるとしても、まずはお礼と、偽装魔法が何なのかの確認よね。言葉通りの魔法なのか、もっと違うものなのか。……やっぱり、実際の魔法も、見られるのなら見てみたいわよね)

 彼女へ確認する内容を考えていると、魔法を見てみたい、という欲が、むくむくと頭を擡げ始めた。回復魔法を見られなかったことが、本当に口惜しかったのだ。

 見られるかもしれない、と思うと、段々と気分も高揚してくる。

 その勢いのまま、メルツはアウローラに尋ねた。

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