第一章 第七節 「すごい、これが回復魔法……」
「――あの、ご迷惑をおかけしてすみませんでした! 助けて頂きありがとうございます!」
メルツは、上手く口が開かない中、心を込めた謝罪と、感謝の気持ちを述べた。走る痛みについては無視だ。
「ふふっ、いいのよ。あなたに怪我がなくて良かったわ」
女神様はそう言うと、ふわりと花が綻ぶように笑った。
(め、目が幸せ……。ああ、なんであたしは両目でこの笑顔を見られなかったの。もっとちゃんと脳内に焼き付けたかったわ……)
とても貴重なものを逃してしまったかのような、そんな気持ちが沸き上がる。
「でも、きちんと前を見て歩かないとダメよ? 危ないわ。今度から気をつけてね?」
「あ、はい!」
メルツは、明後日の方向へ行きかけた思考を引き戻し、しっかりと返事をした。
「ところで……、嫌でなければだけど、その左頬の怪我を私に治させてはくれないかしら?」
「――えっ! 女神様は、この怪我を治せるんですか?」
彼女の言葉に驚き、思わず聞き返す。
神様はヒトより上のすごい存在、と聞いてはいたが、怪我を治す力もあるのか。
「…………ん? 女神様?」
「あっ……」
そこでメルツは、自身が口を滑らせたことに気がついた。心の中の呼称を、思わず口に出してしまっていた。
「えーっと、その、女神様、というのは……、もしかして私のことかしら?」
困ったような表情と共に、そう尋ねられる。
それに対し、メルツはこくりと頷き、彼女の反応を窺った。
「……何故そう思ったのかはわからないけれど、残念ながら私はただの人間よ」
苦笑しながら、女性はそう告げた。
その様子を見ている限りでは、恐らく本当のことなのだろう。
メルツは、少し残念に思いつつ、
「すみません、すごくキラキラしていて神神しくて、綺麗だったので……」
と、思ったことをそのまま伝えた。
「ありがとう。そう言ってもらえるのは嬉しいわ。でも、あなたも――」
ふいに、彼女の言葉が途切れる。
そして、
「……何か事情があるのかもしれないけれど、可愛らしいあなたの顔にその怪我は似合わないわ。勝手で申し訳ないけれど、治させてもらうわね」
その言葉と同時に、フードで隠されていた左頬へ向かって、右手が伸びてきた。そのまま頬には触れず、かざされた状態で停止する。
「眩しいかもしれないから、少しだけ目を瞑っていてね」
穏やかな声に導かれるまま、目を瞑る。
不思議と、警戒心は抱かなかった。
すると、一瞬、閉じた視界が明るくなった気がした。
同時に、少しひんやりとした空気も感じる。
(……あれ? 痛みが、なくなっている……?)
その直後、ずっと鈍く感じていた痛みが、消えていることに気がついた。
「はい、もう目を開けて大丈夫よ」
促されるままに目を開く。――両目が開いた。
「目が……開いたわ……」
メルツは、呆然としたように呟いた。
「どう? 痛みが残っていたり、違和感があったりはしないかしら?」
そう問われて、自分の状態を確認する。
目は開く。視界も良好。気遣うような表情でこちらを見ている、はっと目を引く美女の顔も、バッチリと見えている。頬に手を当てても、腫れている感じはなく、痛みもない。
「大丈夫です! 痛みがなくなりました! すごい、これが回復魔法……」
高揚した気持ちになり、少し声が上ずってしまう。
これまでの人生で、回復魔法の使い手とは出会ったことがなかった。しかし、まさかこれほどすごい魔法だったとは。本来なら完治に時間がかかる怪我を、一瞬で、完全に治してしまえるなんて。
騎士団などが、回復魔法の使い手を求めていることにも頷ける。負傷した際に即時治癒できる、というのは、怪我が発生しやすい環境であれば、かなり重要だろう。
――そういえば、詠唱が聞こえてこなかった。
通常、魔法の行使には、詠唱などが必要らしい。詳しくはよく知らないが、それらを行わずとも魔法を発動できるというのは、とてもすごいことだと聞いたことがある。
もしかすると、目の前の女性は、優秀な回復魔法の使い手なのかもしれない。
(やっぱり、魔法って憧れるわね。すごくかっこいいわ。まあ、適性が無かったから仕方がないけれど……)
仕方がないことだと理解はしているが、それでも、残念な気持ちは拭えない。
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