第一章 第六節 反省、いや、大反省案件だ

「……どうしようかしら。この子、固まってしまったわ。でもこのまま立たせておくのも危ないし、荷物も持っているし……。ベンチに座ってもらった方がいいわよね」

 女神様は、少し視線を伏せて思案気な表情で呟いた後、こちらへ視線を戻した。そのまま握っていたメルツの右腕をそっと引き、側にあるベンチまで連れていく。

「さあ、座ってね」

 そうして、メルツをベンチへ座るよう誘導し、自身はその右側に腰掛けた。

 その流れるような動作に感嘆し……、不意に気がつく。

(――いや待って、見られたわよね? 今のあたしの顔、とんでもない状態じゃない! あああ、そんな顔をよりにもよって女神様に晒すなんて!)

 市場の女の子たちにも見せたくなかった顔を、こんなにもお洒落で、美しくて、キラキラしている存在に見せるなんて。

 メルツは、恥ずかしいような気持ちになり、顔を俯けた。

「……ごめんなさい、突然知らない人に腕を引かれたり、話しかけられたりしたら怖いわよね。ただ、あのままだとあなたが噴水に入ってしまいそうだと思って。余計なお世話だったら本当に申し訳ないわ」

 女神様の、申し訳なさそうな声が聞こえる。

 そこでふと、ある言葉が引っ掛かった。

「噴水に……入る?」

「ええ。真っ直ぐ噴水に向かって歩いていて、その、止まる気配もなかったから。お節介かとは思ったのだけど……」

(噴水……。えっ⁉)

 勢いよく顔を上げ、急いで辺りを見回す。

 目の前には、白い三段噴水。辺りにいる人は少なく、朝特有の、落ち着いた雰囲気が満ちている。

 ――メルツは、へゼ市場の南側の、広場に居た。

(あ、あれ? あたし、いつの間にここまで歩いていたの? さっきまで北側にいたはず……。まさか……)

 顔から血の気が引いていく。

 そして、自身の悪癖――考え事に集中すると途端に周りが見えなくなってしまう――を思い出し、頭を抱えた。

 この癖の特徴は、思考に集中している間も、無意識の内に足や手は動いている、という点だ。そのため、過去、壁にぶつかりそうになったり、実際にぶつかったり、という経験がある。

 シュヴーの前でも度々やってしまい、なめた態度ということで、嫌がらせや暴力が悪化したこともある。

 そういったこともあり、考え事をする際は、周りの状況へ気を配るようにはしていたのだが。……全く気をつけられていない。反省、いや、大反省案件だ。

 女神様が止めてくれたおかげで、噴水へ突っ込まずに済んだが、そうでなければ今頃大惨事だっただろう。自分だけであればまだどうとでもなるが、買った商品はただでは済まなかったはずだ。そうなれば、孤児院へ戻った瞬間に大目玉確定だ。

 助けてくれた女神様に、メルツは心の底から感謝した。

 ――こっそりと、右隣を盗み見る。

「ん?」

 女神様と目が合った。彼女は、頭に疑問符を浮かべながらも、こちらを穏やかに見ている。

 慌てて顔を正面に戻し、混乱が収まってきた頭で考える。

(見た瞬間、思わず女神様だと思ったけれど、もしかして……人間? いやでも、今は滅多にないらしいけれど、ヒトに混じって生活している神様もいるって話を聞いたことがあるわ。――ヒトか女神様かどっちって言われたら……。うん、女神様説、かなり有力だわ)

 神様に対し、「あなたは女神様ですか?」と尋ねるのは不敬すぎる。そのため、自分の中で、女神様ということにしておく。

 そうして接すれば、少なくとも不敬にはならず、もし違っていても失礼にはならないだろう。神様への態度を誤って、首と胴体がお別れしたという話も聞く。彼女は、そんなことをしそうには見えないが……慎重な対応をして損はないはずだ。

 そして、あと、やるべきこと。それは、迷惑をかけたことへの誠心誠意の謝罪だ。

 これは、相手が誰であろうと関係が無い。ヒトとして、当たり前の礼節だ。

 メルツは、視線をきちんと合わせられるように、フードを調整した。

 顔を見られたくない、という思いはあるが、それでは、礼を失してしまうだろう。

 それに、アウローラと出会った辺りからフードがずれており、今や、ほとんど顔が見えている状態だった。正直なところ、今更顔を隠しても……、といった気持ちも抱いていた。

(……よし!)

 彼女の方へ向き直り、気合を入れて話しかける。

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