第一章 第四節 自分のことだけで精一杯よ
メルキュール王国には二つの騎士団が存在している。一つは王族を守る近衛騎士団。そしてもう一つが、王国の治安維持や魔物の討伐などを行うヴィエルジュ騎士団だ。
(ヴィエルジュ騎士団に所属している、というのは大変名誉なこと。そして、そんな人物を排出した孤児院も称えられることになるわ。それを狙っているのかも……。院長、そういう体裁を気にするし)
何故気にするのかはわからない。だが、孤児院の印象を上げることだけが目的ではないのだろう、とメルツは思っている。
(みんなは院長のこと、厳しそうな雰囲気で暴力も振るうけど、孤児院のためを思ってやっているんだ、って言う。けど、あたしはそう思わない)
そも、躾と称して暴力を振るうのは本当に正しいのか。
他の家庭の子どもたちを見ていても、暴力を振るわれているようには見えない。見えない部分を痛めつけられているならば、身体の動きに違和感を抱くはずだが、そういった様子も見受けられない。
メルツの場合、どんなに気をつけても、動きが少し変になってしまう。
それを、騎士団の人が来ているタイミングで院長に見られてしまうと、折檻へ直行だ。
――そのときのことを思い出し、メルツは、非常に不快な気持ちになった。
(そんなに外の人にバレるかもしれないことが嫌なら、最初から暴力なんて振るわなければいいのよ。表向きは、子どもたちのことを想う院長って感じで振る舞っているけど、優しさって言葉より、冷徹冷酷の方がよっぽど合っているわ。正直、みんなあの折檻を受けているはずなのに、なんであの人のことを良く言うのか、全くあたしには理解できない)
もしかすると、こういった部分が、何年居ても孤児院に馴染めない原因なのかもしれない。
(孤児院のためっていうのも、どの辺りがそうなのか全然思いつかないし。……やっぱり別の何かがあるのかも)
だからといって、それについてこれ以上あれこれ考えていてもわからなさそうだ。検討もつかないことをずっと考えていても仕方がない。
(それより、ヴィエルジュ騎士団のことよ。……あたしが騎士団に入団? 無理よ、無理。魔物討伐とかできる気がしないわ。第一、暴力も荒事も苦手なのよ)
頭を切り替えて騎士団について考えるも、すぐに「無理」という結論が弾き出された。
実際に魔物を見たことはないが、聞くところによると、禍々しくて狂暴で、メルツの身長――一五〇センチを優に超える個体も多いらしい。
そんな生き物に対峙し、あまつさえ討伐するなど。ぱっくり喰われて終わる未来しか見えない。暴力や荒事が苦手なら尚更だ。
(我慢はしているけど、本当は痛い思いなんてしたくないし、誰かが傷ついている姿だって見たくない。そういうものとは離れていたいわ。……院長が言っていた、浄化スキルを得たのだからその力を活かすべき、というのはわかる、けれど。――ううん、『貧弱』とか『瘦せっぽち』って言われるあたしが魔物に勝つとか、全く想像もできないわ)
決して裕福とは言えない孤児院の生活。
更にメルツは、置かれている立場もあり、嫌がらせの一環として満足な食事もできていない状況だ。
(そんなあたしじゃ、命を懸けて誰かを守るなんてできっこない。――自分のことだけで精一杯よ)
そう、自分のこともままならないのに、他者を守るために手を伸ばそうなど、メルツのできる範囲を超えている。
それに、もしメルツが魔物を退けられるくらいの力を持っていれば、顔を殴らせたりなどしなかった。
メルツの心に再び、女の子にあるまじき顔になってしまった悲しさや、その元凶であるシュヴーへの腹立たしさが去来する。
スキルの件が孤児院内で広まってすぐ、メルツはシュヴーに、孤児院の裏手へ呼び出された。
そこは、普段から人の気配がなく、孤児院内でのリーダー格であり、表向きは優等生として振る舞っている彼にとって、隠し事を行うにはうってつけの場所となっていた。
そして、メルツはそこで、容赦なく顔を殴られた。
普段はシュヴーも、院長と同じように、見えない部分を殴ったり蹴ったりする。孤児院外の人間の目に触れることを避けるためだ。
しかし、今回はそうしなかった。院長にはきっちりと従うシュヴーが、だ。正直、このような行動に出るとは、思ってもみなかった。つまり、彼にとって今回の件は、相当癇に障るものだったのだろう。そういえば、いつもより余裕がなかった気もする。
そしてこの後から、ただでさえ地を這っていたメルツの扱いが更に悪化した。
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