第一章 第三節 スキルに目覚めたことを喜べなくなってしまった

 エルガファル孤児院では、十六歳になれば孤児院を出て一人で生きていく、という規則がある。

 そのため、自分に何ができるかはわからないが、孤児院を出たら仕事の斡旋所へ行って、何か職を紹介してもらいたい、と考えていた。

 だが昨日、突然、浄化スキルが目覚めてしまった。

 スキルという特別な能力が存在し、「生まれたときから保有している者もいれば、ある日突然目覚める者もいる」という話は、確かに聞いたことがあった。

 けれども、まさか自分がそれに目覚めるなんて、思いもしていなかった。

(こんなことにならなかったら、良いスキルが手に入った、って喜べたのに……)

 素直に喜ぶことができない現状に、嫌気がさす。

 浄化の力を有していた方が、この国では生活がしやすくなる。

 メルキュール王国には、穢れた土地が存在している。メルツの身近なところでは、孤児院の更に南の郊外にある、シュルマの森が挙げられる。

 穢れた土地の存在は、穢れを発生させる、魔物の住処になる、その魔物がヒトを襲う、などの様々な問題を生み出す。

 加えて、ヒトの強い負の感情でも穢れは発生する。

 つまり、穢れ問題は、普通に暮らしていても付き纏ってくる、と言える。

 そして、その解決に、浄化の力は欠かせないものだ。

 メルツは、首にかけ、服の下にしまっていた小さなクリスタル――浄化石――を取り出した。そのまま右手に載せて、太陽の光を当てる。――キラキラと輝いて、とても綺麗だ。

(国民登録をした際に渡される、このクリスタル。小さいけど、日常生活を送るだけなら十分効果を発揮してくれる。……浄化石が無くても生活はできるけど、そうすると穢れがその分早く溜まってしまう。あたしたちが少しでも変質から遠ざかるための、大切なもの)

 輝くクリスタルを少しだけ眺めた後、メルツは失くさないように、服の下へと直した。

(この小さなクリスタルだけでもこれだけの力がある。そしてあたしは、そんな浄化石に力を補充することができた)

 スキルが発覚したのは、孤児院の院長であるカンバリオのクリスタルに触れたときだった。

 掃除当番だったため、院長の部屋を掃除していたところ、執務机の脇にある小さな円形の机に、院長が個人的に購入したと思われるクリスタルが置かれていた。

 掃除をするため、少し横に移動させようと右手を伸ばしたとき、突如、白い光がその手から放たれた。

(たまたま部屋に戻ってきた院長がそれを見ていて、浄化の力が枯渇していたはずのクリスタルに力が補充されていたことから、スキルに目覚めたことがわかったのよね)

 判明した際は、嬉しく思った。

 これで浄化石の力の補充に、石自体が生み出す力を待ったり、月光浴をさせたりする手間がなくなる。その上、穢れへの耐性も得られたという話だから、今後の生活にも役立つかもしれない、と。

 しかし、院長から告げられたひと言で、メルツはスキルに目覚めたことを喜べなくなってしまった。

 思い出す度に腹が立つ、「ピュリファイアになれ、恩を仇で返すような真似はするなよ」という言葉。

 孤児院内でどのような目に遭っても、今まで、恩を仇で返すような真似をした覚えはない。

 またしても表情を歪めそうになったが、何とか耐えた。代わりに、そっと息を吐きだす。

(怒っている場合じゃなくて、ちゃんとこれからのことを考えないと)

 もし、院長の言う通りにするのであれば、まずはピュリファイア資格の取得が必要だ。

 例え浄化する力があったとしても、資格が無ければ行ってはならない、と国によって定められている。

 浄化石に力を補充する行為は、資格が無くとも問題ない。けれども、浄化行為については、適切な対応を行わなければ被害が拡大してしまう恐れがあるため、資格所持が義務付けられているらしい。

 資格所持者の判別は簡単だ。一目でわかるように、資格取得の際に証明するためのバッジが渡される。資格にはランクも存在し、それにより浄化ができるレベルの判断も可能で、バッジに埋め込まれている石の色を見ればわかるのだそうだ。

(――院長の言葉をそのまま受け取るなら、ピュリファイア資格を取るだけで良い。でも……、この言葉には裏があるわ。院長が求めているのはその先、ヴィエルジュ騎士団に入ること)

 これまでの経験から考えると、そう予想できる。

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