第一章 第二節 どうして、と頭を抱えたくなる
陰鬱な気持ちを抱えながら歩いていると、ふと、気になる話が聞こえてきた。
「ねえ、知ってる? 最近魔物に襲われた人の話」
「そんな話、沢山あるけど……。いったいどの話のこと?」
「魔法具を使って襲われた人の話よ。なんでも、魔物に言うことを聞かせる魔法具があるんですって」
「なにそれ? そんなの本当にあるの? ただの噂じゃない?」
その後も、女性たちの会話が続いていることはぼんやりとわかった。だが、メルツの頭の中は気になる単語で埋め尽くされ、やがて女性たちの声も聞こえなくなった。
(魔物に言うことを聞かせる魔法具……? そんな物、実在するの? 魔物を魔法具で操る……みたいなことよね? ……無理じゃない?)
メルツの脳内に、疑問が溢れていく。
魔物は、穢れを取り込んだヒトや動物が変質したり、穢れの溜まった場所の影響を受けて生まれたりして増えていく。魔物自体も穢れをまき散らす存在で、一度魔物になってしまえば、元に戻ることは不可能。討伐して浄化するしかないそうだ。
その魔物化の原因となる穢れは、強い負の感情によって生まれる。
ヒトの場合、軽度の穢れであれば、考えの歪みや感情が押さえられなくなる、などの影響を受けるが、まだ耐えられるらしい。だが、それよりも穢れが強くなっていくと、魔物へ変質する可能性もどんどん上がっていく、という話だ。
(あたしに学がないから知らないだけかもしれないけど……。確か、穢れや魔物についてって、まだまだわかってないことが多いのよね? そんな感じなのに、魔法具なんて作れるものなの?)
魔法具。それは、魔力で動く機器のことで、自身の魔力や魔石を使って動かすことができる。
昔は、ヒトが自らの力で魔素と呼ばれるものを魔力へ変換し、魔法――様々な事象を起こす力――を行使することが主流だった。しかし近年、魔力を扱えない者が少しずつ増えていき、この国で大きな問題となったそうだ。
その解決策として生み出された物が、魔法具だ。魔素が含まれた魔石を嵌め込めば、誰でも動かすことが可能。状況に応じて適切な魔法具を使用すれば、魔法で実現したかったことが行えるため、順調に普及している、とのことだ。
ただ、魔法具を作るには、それに纏わる様々な原理を理解している必要があるそうで、それがわからない場合は製作も難しいらしい。
……これ以上の詳しいことは、正直わからない。何せ、こういった知識は、全て市場で見聞きした情報だからだ。
(でも、もし仮にこの話が本当だとしたら……、どうやって言うことを聞かせるの? 魔物と意思疎通ができるのかも謎だし……。例えば、操る場合は問題ない……とか?)
脳内で、次々に疑問が生まれていく。
――ふと思った。
(それができるなら、襲わせるんじゃなくて襲わないようにしてほしいわ! そうすれば、郊外ももっと安全に歩けるようになるのに!)
そうなれば、日々、魔物と戦ってくれている人たちの負担も減るはずだ。
そんな魔法具が本当に実在するなら、誰かを傷つけることに使わず、もっと良いことに使ってほしい、とメルツは憤慨した。思わず、表情も歪ませる。
「――っ」
痛みが走る。ずっと感じていた鈍い痛みではなく、もっと鋭い痛みだ。
それに伴い、思考から強制的に引き戻される。
(しまった……。顔を殴られていたのに……)
考え事に集中してしまい、腫れた左頬の存在をすっかり失念していた。
怒りが思わず表情に出てしまったが、表情筋を動かさないように注意しなくては。メルツは、そう自分に再認識させる。
(にしても、こっちは年頃の女の子なのに、そんなことお構いなしよね! ……いつもは見えないところを殴る、ってことを考えると、今回のことはよっぽど腹が立ったってことなんだろうけど)
だからといって、殴っても良い理由にはならない。
殴られたときは、衝撃や混乱が大きかった。しかし今は、圧倒的に怒りが勝っている。痛む頬と共に思い返され、その度に腹立つ気持ちが沸き上がる。
(っていけない。冷静になるのよ、あたし)
表情を動かさないようにしつつ、深呼吸を行う。
危うく、二の舞を演じるところだった。
(……ようやく迎える誕生日だっていうのに、まさか最後の最後でこんなことになるなんて)
どうして、と頭を抱えたくなる。
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