第22話 水底の光
(今だ、今のうちに――!)
新しい妹が生まれる前に。
水を蹴る。
その足に、なにかがしがみついてきた。
(あ、ああああっ!?)
思わず目を遣り、後悔した。
どうせ偽妹だ、と。脇目も振らずに斬り刻むべきだった。
決して、見てはいけなかった。
(おっかあっ! おっとうっ!)
両親が恨めしそうな目で、足を掴んでいた。
「よくも、母親を斬ったなああ!」
「この化け物! お前なんか死んでしまえ!」
息が詰まる。水中でも呼吸できるように術を掛けたというのに。
急に効果が切れたように。苦しい。お腹が痛い。
口から泡がごぽごぽ溢れる。涙が止まらない。
妹たちも抱きついてくる。
「おねえちゃあん!」「死んでよ」「おねえちゃあん!」
「はやく死ね」「化け物」「死ね」
「おねえちゃあぁん!」「お姉ちゃん」「お姉ちゃあん!」
頭ではわかっている。そんなことを
両親だって、今ではすっかり自分のことなど忘れたのだ、言うはずがない。
(わかってる! わかってる、けど……!)
それでも胸は締め付けられるようだった。
羽衣が、直剣はおろか髪飾りにまで戻ってしまう。
気付けば水珠は再び触手に囚われの身となっていて、化け海月のとても傍まで引き寄せられていた。
これは好機とも言えるが……。
(雪梅……会いたいよ……)
諦観の底に沈みゆく彼女を、電流が貫いた。
口は大量の泡を吐き出し、目はチカチカ瞬く。
海月の攻撃。最初はそう思った。
しかし触手も偽者たちも、その電撃によって粉々に。
次いで水珠は首根っこを掴まれ、後方に投げ飛ばされる。
痺れた身は、すぐには動けそうになかった。
そのとき、ちらと見えた、男の横顔に彼女は驚き、安堵した。
上げられた前髪。軽薄そうに見える顔立ち。身長高し。
一見して圧を感じさせないが、よく鍛えられていることのわかる肢体。
黄の花剣道士、
彼の
雷霆の名の通り、棘先からは雷気を発することが出来る。
彼は、しかして、その花剣ではなく、懐から金色の玉を取り出し、化け海月に投げつけた。
瞬間、玉が眩い閃光を放つ。まるで小さな太陽だ。
その痛いほどの閃光が消えたとき、後には海月のぐずぐずに溶けた残骸しか、なかった。
それが完全になくなったのを確信してから、壮が水珠のほうへとやって来る。
彼に抱えられて浮上していく。
「――ぷはぁっ!」
泉から顔を出した途端、急に地面が現れたように体が押し上げられた。
泉はもはや膝ほどの深さもなかった。
異界から無事に脱せたようだ。
階段のある方から、声が聞こえる。
「お嬢ーっ! 良かった、生きてた!」
白鼬の心心が、ぴょんぴょん跳ね回っていた。
その傍らには小猿もいる。壮の相棒、
水珠は涙を拭って笑顔で手を振った。
「心配させてごめんね」
陸に上がった彼女は、服の裾を搾りながら、小さな相棒にそう謝った。
「ほんっとうですよ! あたしゃ心臓だって可愛いんですから!」
「ごめん、ごめん」
壮が髪を撫でつけ直しながら問う。
「大事はないか? 悪かったな、雷撃に巻き込んじまって」
「いえいえ、不可抗力ですし、助かりました、ほんと」
「
「あとちょっとで、そうなってましたよ」
水珠は続けて、あの金色の玉について訊ねた。
「見ての通り、疑似的な太陽光を発する
「さっすが」
五金君の中で最も宝貝製作に秀でているという黄金君、その直弟子なだけある。
水珠も宝貝製作術の基礎は教わったが、彼のように、その場で必要なものを作る自信はない。
それはいわば、創作料理のようなものだ。
作ることはできても美味しい保証はできない。
「つーわけで、これにて一件落着、だ」
谷の出口へと向かいつつ「それにしても」と水珠。
「意外とみんな、近いところに降ろされたんですかね」
「かもなぁ。まあ、他のふたりがどうかは知らんけども」
「わたしは今のところ北行きですけど、壮さんは?」
「南だ」
そのとき、白鼬と小猿が同時に口を開いた。
「お嬢、東だそうです」
「東に行くぞォ、小僧」
水珠と壮は顔を見合わせ、笑った。
「しばらく、四人旅みたいですね」
「ああ。東ってなると、
「じゃあ、ひとまず、その桂水まで」
「行くかぁ」
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