第8匹 俺の手足と同じものだ。
「全軍に告ぐ! 魔王ジ・エンド陛下の名をもって、このまま魔物を殲滅しろ!!」
俺の隣に立つ男が、片手を前に突き出し、嬉々とした色を乗せて叫んだ。
魔法で真っ赤に染めた髪と、自前のイエローグリーンに輝く瞳が奇抜な、魔王直属部隊の軍隊長。
率先して作り出された魔法は、愛用の槍へ雷を纏わせた。振りかぶる動作に合わせ空気が動き、投擲された槍が美しい軌道を描く。
オリジャン・テイラー。俺の従者の旦那である。
応!! と叫び返す軍勢の凄まじさと、落下する魔物の死骸や、それに押しつぶされる淡水魚の魔物に、俺は足腰が震えて失神しそうだった。
背後に立つオリバーが、それとなく支えてくれていなければ、白目をむいて落下しそうである。
俺は隣で指示を飛ばす男を一瞥し、心の中で何度も深呼吸しながら、谷底を見下ろした。
爆撃と奇声の下の方で、微かに自分と同じ魔力を感じる。軍隊を率いて到着する寸前も感じたので、間違いなくルチアが谷底にいるのだろう。
「テイラー。そのまま攻撃を続けてください」
「御意に。陛下はどちらに?」
「下にいる聖女を迎えに行きます。オリバー!」
「承知しました!」
視線を上げれば軍隊長は、ギラつく双眸を隠しもせず、しかし片手を胸に当てて頭を下げる。
俺はオリバーと共に、彼ら軍隊に魔物を任せて飛び降りた。
◇ ◇ ◇
生前当時、この渓谷撃退戦を行った際、俺はこの軍を動かせなかった。
あの時も渓谷の魔物を撃退するため、強い魔法使いで構成された軍が必要だったのだが、テイラーの許諾を得られなかったのだ。
俺がいなければ、魔境随一と謳われる強さを誇る彼は、当然それ相応に
オリバーの後ろで震え泣き喚き、満足に話も出来ない子供になど、膝をつくに値しないと判断されたのだ。
よって大臣の権力で動く、下っ端兵しか召集できず、なんとか勝利したものの、結果として被害が大きくなってしまったのである。
それ以降、テイラーとは俺が死ぬまで折り合わず、毛嫌いされたままだった。
そうして今回。
「はぁ? ナイラコウ渓谷の魔物? 勇者からの話を蹴ったんじゃねぇんですか?」
「あそこにある資源を、魔族側で採取したいんです」
「いらねぇでしょ、そんなもん。んな下らねぇことに、ウチの軍を動かされても困るんですが」
王城の西側にある訓練場で、指揮にあたっていたテイラーに声を掛ければ、まぁご覧の有り様だ。
苛立ちは顔に出ているし、腕を組んで絶えず片足は地面を叩き、とても王に対する臣下の態度ではない。ただでさえ圧の強い顔面が、凄みがありすぎて卒倒しそうである。
オリバーが眉を寄せ、俺の肩を両手で掴むと、長身のテイラーを見上げた。
「テイラー! エンド様に失礼極まりないですよ。こっちは王族だって、何度言えば分かるんですか!」
「ハッ、それはオマエの話でも聞けねぇな、親友。仕える相手は自分で選ぶもんだ」
オリバー相手には多少、語調が柔らかいが、こんな状態ではテコでも動かないだろう。
俺は深い呼吸で、自身の心臓が放つ爆音をなんとか和らげ、再びテイラーの顔を見る。
「……テイラー。要るか要らないかを決めるのは、貴方じゃない。勘違いしないでください」
「…………、……あ?」
「貴方が動かしている軍隊は、俺の軍です。俺の手足と同じものだ。俺が欲しいと言えば、二つ返事で動いてください」
テイラーの額にいくつも青筋が浮かぶ。
「っ随分、舐め腐った態度を取るように、なったじゃねぇですか。へぇ? 誰が誰のなんだって?」
憤怒が魔力に込められ、足元の砂地に僅かな亀裂が入り始める。
訓練に勤しんでいた部下たちが、驚いて手をとめ、こちらの様子を窺い出した。
テイラーが片手を壁面に向けて差し出せば、置いてあった槍が一直線に飛び、彼の大きな手に収まる。
「オレたちを動かせるだけ度胸もないくせに、このクソガキが!! ハッ、なんだその顔、不満があるなら言ってみろよ、この腰抜けが──」
一切の躊躇いなく振り下ろされた槍を、俺は指先で宙に直線を描くのと同時に、柄の途中から穂までを切り飛ばした。
呆気に取られた一瞬の隙をつき、俺はただの棒になった槍を掴み返す。そして魔法で強化した筋力で力任せに奪うと、胸部を守る魔法が施された、硬い装甲を渾身の力で突き上げた。
派手な音を立て武器庫の壁に激突し、土煙が上がる。
誰も動く隙を与えられず、唖然と口を開く部下たちの前で、テイラーは更に呆然と倒れ込んでいた。
生前、こういった身体強化の魔法は、全く使用したことがなかったのだ。加減が出来ないのは大目に見てほしいものである。
あちゃー……と顔面を片手で覆うオリバーに、俺は内心で謝罪しつつ、表情には出さないで木の棒を投げ捨てた。
「舐めてる態度はそっちだろ、テイラー。不満があるなら言ってみろ……!」
◇ ◇ ◇
猛攻を縫うように谷底に下りれば、案の定ルチアに渡した防御魔法が、遺憾無く発揮されているところだった。
そもそも俺自身を守るために、あらゆる防御魔法を付与したペンダントである。生半可な攻撃も魔法も通らない代物だ。
安全に守られていた聖女三人を保護し、オリバーが渓谷内を誘導する。
なるべく河岸から遠い場所へ移動すれば、ルチアが声をかけてきた。
「魔王陛下、どうしてここに? もしかして、お義父さまに何か言われて……?」
「いや、その、……こっちはこっちの用事、だな。……怪我、してないか?」
ルチアの可愛らしいドレス姿に、思わず視線が右往左往する。自然と顔に熱が上がった。これはもう仕方がない、好きな子を前にした男児の性である。
彼女はやや不安そうであったが、俺が必死に落ち着きを取り繕ったのが功を称したのか、柔らかく微笑んだ。
「……助けてくださり、ありがとうございます」
「っ、った、たまたま、だよ。心配しないでくれ。……こっちはこっちの用事って、言っただろ?」
魔法が放たれる振動音が、徐々に小さくなっていく。
俺は再び深呼吸すると、魔物の死骸が流れていく濁流を横目に、河上を睨んで歩き出した。
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