第4話
8月3日、時刻は午前3時。
ロベルトが寝室で眠っていると、携帯の着信音が勢い良く鳴り響いた。耳を劈く音に、ロベルトは顔を顰めて唸る。
(こんな時間に何だよ………)
画面には、着信者がダニエーレであることが表示されている。まだ眠りに着いている頭を起こそうとベッドから降りながら、応答する。
「………なんだ」
『ロベルトちゃん、お休み中ごめんねー。次の任務の話が来たから、ちょっとエントランスに来てくれる?』
「朝で良いだろ………なんでこんな夜中に………」
『来てくれるよね?』
威圧感のある声に了承し、胃にコーヒーを流し込んでエントランスに向かった。
エレベーターを降りてエントランスに向かうと、ダニエーレとテオ、オスカルが居た。しかしそれに加えてもう1人、紺色の髪をオールバックにした男が居る。任務から戻って間もないのか、ワイシャツとズボンという出立ちをしていた。
「よーし、集まったね」
「ダニエーレ………そこに居る奴、誰だ?」
「あっ、会うのは初めてかな?じゃあ紹介するね。ロベルト君と同じ暗殺チームの、ドナテロ・メルキオルリ君でーす!」
「君付けは止めて下さい。全く………ロベルト、ダニエーレさんに無礼な言葉遣いをするなよ。俺達は部下で、あの人は上司なんだからな」
「まぁまぁ、落ち着いて。ロベルト君のことは一目置いてるんだよ。ちょっとお気に入りでもあるからね」
「………あの愛人さんじゃなかったんですか?」
「カルメンとは別の意味でのお気に入りなの。それに、カルメンは構成員じゃなくて愛人だからね。まぁ、とにかく仲良くするんだよ?」
笑みを浮かべながら、ダニエーレは説明を始めた。
「じゃあ、本題に入ろうか。今度の任務はズバリ、暗殺!ある女優さんがマフィアと関係してるんだけど………知ってるかな?」
「ビアンカ・マゼラーティ、ですか?」
「おっ、正解!テオ君、良く分かったね!」
「前にオスカルさん達が話していたのを聞いたんです。マフィアと何か関わりがあるんじゃないかって」
「と、その恋人の俳優さんだよ」
「えっ、恋人居るんですか………?」
ダニエーレの言葉に、オスカルはショックを受けた様に固まった。呆然と固まるオスカルを他所に、ダニエーレは説明を続ける。
「あんまり知られてないんだけど、芸能関係者からゴシップを聞くことが出来てね。レアンドロ・カルツォラーリっていう俳優と付き合ってるみたいだよ」
「全然分かんねぇ………」
ロベルトが思わず呟く中、ドナテロは溜息を吐いていた。呆れた様な口調で、ロベルトに毒を吐く。
「お前、芸能界のニュースすら知らないのか?ビアンカもレアンドロも、シチリアじゃ有名な芸能人だぞ」
「ドナテロさん、ロベルトはスラム出身であんまり芸能に馴染みがないので………」
テオの発言に、ドナテロは冗談だろうと言う様に固まった。呆れた表情が少しずつ申し訳なさそうなものに変わっていく。一方、ロベルトは無表情でダニエーレの資料を眺めていた。
「ロベルト………なんか、すまなかったな………」
「謝る必要はねぇよ。で、どうやって殺すんだ?」
「毒殺だよ。ロベルトちゃんの初任務みたいな方法じゃ、街中がとんでもない大騒ぎになっちゃうからね」
「それも、シチリア中で………いや、イタリア中で人気の女優と俳優が殺されるなら尚更だ。何なら、目の前で刺された奴を見ただけで気を失ってしまう奴も居るからな」
「耐性なさすぎるだろ。スラムじゃ死体が放置されてることだってあったぞ。行政って奴の目が届かねぇからな」
「お前はどんな環境で生きてたんだよ………嘘だろ………?」
ドナテロが顔を青褪めさせながらオスカルを正気に戻す中、ダニエーレが注意を向ける様に手を叩いた。突然の大きな音に、ドナテロとオスカルは少々驚愕した様子になる。
「はいはい、話が逸れてるよ。とにかく、今回は毒殺ね。ホテルに泊まるみたいだから、料理とお酒に毒を仕込むっていう形で殺すよ。ルームサービスかレストランか………出来ればルームサービスが良いけどね」
「じゃあ、俺達はホテルの関係者に変装して毒殺すれば良いんだな」
「その通り。そのために、暫くホテルに行って色々な技術を習得して変装して貰うよ。レストランで食事をするってパターンになった時に、挙動が怪しかったら大騒ぎになっちゃうからね」
「つまり………潜入しろ、ということですか?」
「そう、その通り!」
ダニエーレが満面の笑みを浮かべて楽しそうに言うも、ロベルト達は何も返事を返さない。喜ぶ素振りを見せず、何とも言えない表情を浮かべて黙っているロベルト達に、ダニエーレは困惑した表情を浮かべる。
「………あれ?みんな乗り気じゃないね。特にロベルトちゃんなら喜ぶと思ったんだけど」
「喜ぶか‼︎こっちは人生初のホテルが潜入からの暗殺っていう血生臭ぇものになりやがったんだぞ‼︎」
「でもロベルトちゃん、美味しい料理が食べられるよ?」
ダニエーレがそう言った瞬間、ロベルトの目が輝いた。そこに漬け込む様に、ダニエーレは期待値を高めて誘惑する言葉を掛けていく。
「みずみずしい野菜を使ったサラダに、ジューシーなお肉を使ったステーキ………パスタやリゾットに、甘ーいドルチェも食べられるんだよ〜?」
「………本当か?」
「本当だよ」
「それ………腐りかけてるパンや具のねぇスープよりうめぇのか?」
「勿論、何百倍も美味しいよ!それに、殺菌とかの衛生管理もちゃんとしてるからね。食事をするたびに「病気にかかるんじゃないか」っていう心配をする必要もないんだよ」
ダニエーレの説明に、ロベルトは流れそうになる涎を拭きながら真剣な表情で言った。
「行く。というか行かせてくれ、頼む」
「よし、それでこそアルヴェアーレの一員だよ、ロベルトちゃん」
「もので釣っただけじゃないですか………」
「テオ、諦めろ。これは任務なんだからな。それに、ロベルトが行きたいと行っているんだ。保護し………先輩として着いて行くのは当然のことだ」
「今保護者って言った様な………まぁ、良いや。仕方がないですね、ちゃんと行きますよ」
「オッケー、担当するのはレストランのシェフとウェイターだね。どの担当になるかは協力してくれるホテルとレストランの方で決めてくれるから、そこは大丈夫だよ」
ダニエーレが説明をする中、ロベルトは高級なコース料理を脳裏に描いていた。中まで火の通ったステーキに、みずみずしく新鮮な野菜で作られたサラダ。コーヒーとマスカルポーネチーズの濃厚な味が広がるティラミス−−−−描けば描く程、スラム暮らしで抑えられていた食欲が湧き出そうになる。
「うめぇ料理か………アルヴェアーレに入ってからの飯も充分うめぇけどよ、今度行くところの飯はもっとうめぇんだろ?」
いつもは無愛想なロベルトが珍しく目を輝かせている様子に、ドナテロは罪悪感と庇護欲を感じながら言う。
「ロベルト………大変だったんだな、今まで………」
「同情する必要はねぇよ、今までそれが当たり前だったからな。1番良いのは、スった金で飯を買ったり、万引きすることだったしよ。生活必需品もそうだし、酒や煙草だってそうだ。まぁ、酒や煙草以外はスラムのガキに分けてやることも多かったな………」
「そうだったんだ………ロベルト、ホテルに行ったら美味しい料理をお腹いっぱい食べようね。お酒も飲んで良いし」
「今回は無理かもしれねぇが、場合によってはふかふかのベッドで寝れるぞ」
「ホテルって凄ぇな………スラムとは大違いだ。ダニエーレ、俺………任務頑張るぜ」
「うんうん、頑張ってね。美味しい料理を食べるのも良いけど、あくまでも目的は仕事だからね」
目を輝かせながら話すロベルトに、ダニエーレ達は心の中で思った。絶対にロベルトに美味しい思いをさせてあげよう、と。任務は1週間後だが、その間にホテルのレストランのウェイターと、シェフとしての作法や技術を身に付ける。
明日からは暫く、ホテル通いの日々が始まる。
任務の成功と美味しい料理を食せることを願いながら、ロベルトは自分の部屋に戻って再び眠りに着いた。
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