第3話

 翌日、時刻は午後2時15分。

 昨日昼食を摂ったレストランの入り口に立っていると、ヴェネリオに声を掛けられた。

「よう、ロベルト。時間はきっちり守ったみてぇだな。迷わなかったか?」

「………ガキ扱いすんなよ。電車くらい乗れるぜ」

「さて、早速行くとするか」

 ヴェネリオとレオーネの後を追い、道路に駐車された銀色のランボルギーニに乗って街を走る。運転するレオーネに、ロベルトは問い掛けた。

「なぁ………えーっと、レオーネ。今、どこに行ってるんだ?」

「ボスと私が使っているアジトだ。アジトはボスと、3人の幹部がそれぞれ所有している。ボスが所有しているアジトに貴様が住むわけではないぞ、勘違いするな。今日はそこに幹部を集めている。新しい構成員………いや、家族は全員揃って歓迎しなければならないからな」

 ロベルトが構成員になることが嬉しいからか、顔も声もいつもより機嫌の良いものとなっている。スピードを飛ばして走る車の窓の隙間からは、乾いた風が入っていた。

 暫く車を走らせたところで、レンガ造りの洋館に到着した。中央に噴水、両サイドに薔薇を植えた花壇のある庭を歩き、館へ入る。そこには、歴史上の貴族が住んでいてもおかしくない装飾が施された空間が広がっていた。天井からはシャンデリアがぶら下がり、床にはレッドカーペットの様に細長い絨毯が敷かれている。ヴェネリオが華々しい暮らしをしていることを肌身で感じているのか、ロベルトの顔は引き攣っていた。

「どうした、ロベルト。緊張しなくて良いんだぞ?」

「………緊張で言葉も出ない様ですね。まぁ、スラム暮らしの長かった子供にボスのアジトは刺激が強かったんでしょう」

 レオーネが不敵に微笑む中、ある部屋に辿り着いた。レオーネが扉を開け、2人を中へ通す。クローゼットが壁に備え付けられ、奥に大きなドレッサーのある部屋に、ロベルトは思わず短い息を漏らした。目に映るもの全てが高級で、掃除も丁寧に行き届いている。衛生面が悪く、おしゃれを楽しむ余裕すらないスラムで生きていたロベルトには驚愕と恐怖を与えるものだった。

「お前のために、上等なスーツを見繕ったんだ。これからはそいつがお前の仕事着になる。大切に扱えよ。レオーネ、着せてやれ」

「承知しました」

 ヴェネリオに命令され、レオーネはクローゼットからスーツを取り出した。ロベルトに服を脱ぐ様に合図し、ワイシャツとジャケットを着せてズボンを履かせる。シャツのボタンを留め終わったところで、ネクタイを締め始めた。

「良く見ていろ、チェルレッティ。ボスが与えて下さった仕事着だ。皺1つ刻まぬよう、結び方を覚えろ。部下の中には未だにネクタイが結べん奴が居るからな」

 青色のネクタイを締められ、鏡の方を向く。黒色のスーツに身を包んだ自分の姿に、ロベルトは目を輝かせていた。

「髪は元々綺麗に整えられていたから助かったぞ。貴様、衛生観念はちゃんとしていた様だな」

「まぁ、婆さんに良く言われてたからな。毎日じゃなくても、週に3回くらいはちゃんとシャワーを浴びろってよ」

「よし、男前になった。じゃあ、行くぞ。幹部達が待っているからな」

 笑みを浮かべるヴェネリオとレオーネの後を追い、ロベルトは幹部たちの待つ会議室へ向かった。




 ヴェネリオが扉をノックすると、入ってくれと返事を返す声が聞こえた。それと同時に扉が開かれ、2人の男が立ち上がって礼をする。

「………あのバカ、また遅刻したな」

「申し訳ございません、ボス。何度も電話を掛けたんですが、すぐに行くと連呼して切られてしまったんです」

「まぁ良い………先にお前等だけでも紹介を済ませるか」

 咳払いをし、幹部の紹介を始めた。

「まず、右に居る灰色の髪の奴はトリスターノだ。こいつは情報チームのリーダーだぜ」

「トリスターノ・デルミーニオだ。長ぇから、トリスって呼んでくれ。宜しくな、新入り君」

「で、左に居るピアスを開けた奴はグレゴリオだ。こいつは麻薬チームのリーダーだぜ」

「ボスから紹介に上がったグレゴリオ・ドロヴァンディだ。どこに配属されるかは分からねぇが、宜しくな」

 紹介が終わったところで、扉をノックする音が強く鳴り響いた。ヴェネリオが返事を返すよりも先に、扉を開けて入って来る。

「おい、遅刻だぞ。新入りが来てるってのにどこで道草食ってたんだ」

「いやぁ、すみません。俺の可愛い愛人ちゃんが離してくれなかったものでね、つい遅れてしまいました」

「自己紹介しろ。遅刻したお前への罰だ」

「えっ、俺ですか⁉︎」

「良いからとっととしろ、新入りが不貞腐れるだろうが」

 ヴェネリオの言葉にやれやれと苦笑いを浮かべながら、黒色の短髪に帽子を被った男が紹介を始める。

「初めまして、新入りちゃん。俺はダニエーレ・クレメンティだよ。トリスちゃんとグレッグと同じ幹部なんだ。指揮するチームは暗殺だよ。どこに配属されるのかは分からないけど………俺のところに来たら宜しくね、新入りちゃん」

「………その呼び方止めろ。俺にはちゃんと名前があるんだよ」

「へぇ………じゃあ、君のことはなんて呼べば良いのかな?」

 マイペースなダニエーレに苛立っているのか、ロベルトの眉間に皺が寄っている。

「チッ………ロベルト。ロベルト・チェルレッティだ」

「ロベルト………へぇー、良い名前だねぇ。じゃあ、ロベルトちゃん。これから宜しくね」

「あぁ、こちらこそ宜しく頼むぜ」

 ロベルトに向かって差し出された手をグレゴリオが乱暴に払うも、ダニエーレは変わらず笑みを浮かべている。一方、ヴェネリオが自分の机に着いて薄く微笑んでいた。

「では、改めて………」

 レオーネと幹部達と共にロベルトの方を向き、宣言する様に言う。

「アルヴェアーレにようこそ、ロベルト・チェルレッティ。お前の加入、心から歓迎するぜ」

 ヴェネリオの言葉を噛み締めて、ロベルトは頷いた。こうして、ロベルトはアルヴェアーレの構成員となった。それは、1985年の7月25日のことであった。

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