第一章 

第1話

 1985年、7月26日。

 昨日、ロベルトはシチリア州パレルモを拠点とするマフィア、アルヴェアーレに加入した。幹部達との挨拶を済ませ、特別に泊めて貰ったヴェネリオのアジトを後にする。

 配属先が発表されると聞き、ロベルトはレオーネと話をしながら車を待っていた。露骨に機嫌の悪いレオーネに、ロベルトは恐る恐る問い掛ける。

「なぁ、レオーネ………アンタ、なんでそんなに機嫌悪ぃんだ?」

「遅いんだ。貴様を迎えに来ると言っていた幹部がな。あいつ………本来なら5分前にはもう来ているはずなんだぞ。一体どこで何をしているんだ、あいつは」

 舌打ちをしてアスファルトを踏み鳴らす中、目の前に赤色のフェラーリが停まった。急ブレーキをかけ、颯爽と運転席から降りて来る。

「やぁ、レオーネ!今日も良い天気ですね〜!」

 満面の笑みを浮かべながら、ダニエーレはサングラスを外した。それが怒りの琴線に触れたのか、レオーネは痺れを切らした様に怒鳴る。

「クレメンティ‼︎貴様、遅刻するなと何度言ったら分かるんだ‼︎昨日のボスの召集にも遅刻した挙句、チェルレッティの迎えも遅刻して………‼︎私がボスならとっくの前に殺しているぞ‼︎」

「やだなぁ、物騒な事言わないで下さいよ。これでも、昨日よりは何分も早いでしょう?」

 人当たりの良い笑みを浮かべながら、ロベルトに目を向ける。レオーネに怒鳴られてもなお笑うダニエーレに、ロベルトは言った。

「………アンタ、怒られた後なのによく笑ってられるな」

「怒られるのは慣れてるからね〜。あぁ、そうそう。大事なことを言い忘れてた」

 満面の笑みが微笑みに変わる。ロベルトの瞳を見据えながら、真剣な声色で言った。

「今日から、君は俺の部下だよ。つまり、暗殺チームの一員になるんだ」

「………アンタの部下か。じゃあ、俺はこれから、人を殺すことになるんだな」

「暗殺って名前が付いてるくらいだからね。まぁ、暗殺オンリーっていうより、殺人や恐喝も含めるんだけど………その話は後にしようか。じゃあ、レオーネ。ボスに宜しく伝えておいてくださいね。では、さようなら〜!」

 ロベルトを助手席に乗せると、ダニエーレは颯爽と車を走らせ始めた。エンジン音が車内に響く中、ダニエーレは楽しそうに語る。

「いやぁ、まさか俺のチームに入って来るとは思わなかったよ!それもボスから直々に迎えに来いって命令が出るなんて………ロベルト君、相当ボスに気に入られてるみたいだね」

「気に入られてるっつーか………アルヴェアーレに入ることになったのはたまたまなんだよ。その………煙草をスろうとした相手が、ボスだったんだ」

 ロベルトとヴェネリオの初邂逅時の出来事に、ダニエーレは思わず唖然とした表情を浮かべる。信号を待ちながら、ダニエーレはロベルトに問い掛けた。

「えっ、スリ………?ロベルト君、ボスの煙草スろうとしたの………?うっわぁ、度胸あるね〜………」

「だからたまたまだって言ってんだろ。もしあいつがアルヴェアーレのボスだって知ってたら、絶対にそんなことはしなかったと思うぜ」

「奇妙な出会いもあるものだねぇ」

 車を暫く走らせる中、マンションが見えてきた。駐車場に車を停め、ダニエーレの後を着いて行く。

「此処が、アンタが持ってるアジトか?」

「そうだよ。俺のチームは人が多いからね、マンションに住んで貰う様にしてるんだ。エントランスに何人か集まってるから、その人達に挨拶しようか」

 エントランスに足を入れたところで、ダニエーレが手を叩きながら言う。

「はいはーい!みんなちゅうもーく!俺が言ってた噂の新入りちゃんが来たよー!」

 快活に言うと同時に、5人の男がロベルトの方を向いた。と同時に、ダニエーレが苦笑いを浮かべる。

「あれ?なんか少なくない?もっと来ると思ってたんだけど」

「この時間はどいつもこいつも恐喝に行ったり、みかじめ料ぶん取ったり人殺してるんで中々集まらないっすよ」

「あっ、そっか〜………そこを考慮してあげるべきだったねぇ。まぁ俺の部下はみんな自由奔放だから、寧ろこれだけ集まったら及第点かな!じゃあ、ロベルト君。自己紹介してくれる?」

 ダニエーレに言われると、ロベルトは無愛想に自己紹介を始めた。

「………ロベルト・チェルレッティだ。歳は19、出身はバゲリーアのスラム街だ。これから宜しく頼むぜ」

「ロベルトちゃん、もっと笑いなよー。みんな根は優しいんだからね?」

 そう言って頬を突こうとするも、手を掴まれて睨まれる。素っ気ない態度にショックを受ける様な表情を浮かべつつも、すぐに切り替えて部下に命令する。

「じゃあ、レオーネの説教受けに行って来るから、後は宜しくねー」

 手を振りながら、ダニエーレは軽やかな足取りでマンションを後にした。どうしたものかとロベルトが考える中、2人の男が声を掛けてくる。

「………なんだ」

「えーっと、ロベルトだったよな?新しい構成員の。あぁ、そんな怖い顔すんなって。ダニエーレさんも言ってたが、此処に住んでる奴等はみんなフレンドリーだからな。そう警戒しなくて良いんだぜ。これから任務で関わる機会もあるかもしれねぇし、一応紹介しておくか」

 茶色の瞳を向けながら、男は自己紹介を始めた。

「俺はオスカル・アルマーニだ。で、隣に居るのはテオ。お前が入って来る1週間前に入って来た奴だぜ」

「………初めまして。テオ・ジンガレッティ、です。宜しくね」

「あぁ、こちらこそ宜しく頼むぜ」

 ロベルトが返事を返したところで、オスカルは悩んだ様に顎に手を置いた。

「さて、ダニエーレさんに任されたは良いものの………何をしようか?」

「今日から此処に住むみたいですし、お部屋の案内をしたらどうでしょうか?」

「あっ、そういやそうだな!ダニエーレさんが空き部屋を取って置いてたから、そこに案内する様にって言われてたんだったか!よし、ロベルト!マンションを案内するから、着いて来てくれ!」

 オスカルが元気よく言ったところで、ロベルトはオスカルとテオの後を追って行った。陽気なオスカルと反対に大人しいテオに、温度差が激しいなと苦い表情を浮かべる。階段を登って行き、6階に到着する。

「このマンションは9階建てなんだ。俺は4階で、テオはお前と同じ6階だぜ。しかも隣の部屋だ。いやぁ、羨ましいなぁ。俺だってもっと後輩と関わりたいんだけどなぁ」

「その気持ちだけで充分ですよ。ロベルト、荷物は大丈夫?持って来た?」

「あぁ、もう部屋に届いてるはずだ」

「あのやけに小さいカバン、お前のだったのか………荷物少なくないか?」 

「生憎、スラム暮らしが長かったからな。必要最低限以外のものは持ってねぇんだよ。余計なものなんざ、精々煙草くらいだ」

 部屋を見渡しながら、落ち着かないと言いたそうに視線を泳がせる。老朽化しつつあるものの、シャワーやダイニング、家具の類は揃っている。また、ベランダも付いており、スラムでの生活が長かったロベルトには身に余る広さであった。

「何つーか、落ち着かねぇな………こんな広い家に住んだこと、今までになかったしよ」

「あっ、そうだ。家賃とかその他諸々の金なんだが………そこはダニエーレさんが報酬から差し引いてくれるらしいぜ」

「本当か………?」

「あぁ。俺とか、他の奴等は自分で払ってるけどな。色々と慣れねぇところもあるだろうから、って世話してくれるらしいぜ。良かったな」

 そう言って頭を撫でようとするオスカルの手を、乱暴に振り払った。煙草に火を点けながら、ロベルトは言う。

「………悪ぃな。そうやって触られるの、慣れてねぇんだよ」

「そうか。悪かったな、次から気をつけるから、機嫌直してくれよ。じゃあ、ロベルト。それにテオも。任務行って来るぜ」

 オスカルが部屋を出て言ったところで、ロベルトはテオに目を向けた。緑色の髪を落ち着かなさそうに触りながら、テオが言う。

「えっと………ロベルト、だったよね」

「………あぁ」

 沈黙が流れる。壁掛け時計の秒針だけが鳴り響く中、テオは照れながら口を開いた。

「びっくりしたよ。僕に後輩が出来るなんて思わなかったから。ロベルトが入って来るまでは、僕が1番の後輩だったからね。僕、つい1週間前にアルヴェアーレに入ったんだ。まだまだ駆け出しの構成員だよ」

「………よく入ったな。お前、マフィアとは程遠そうな感じなのによ」

「あははっ………良く言われるんだよね、弱そうって。まぁ、オスカルさんもそうだけど………このチームの人達、強い人ばっかりだから」

 微笑みながら、ロベルトの手を握る。華奢で冷たい手が触れ、優しく包み込まれる。

「改めて言うけど………宜しくね、ロベルト。任務で一緒になる時もあるだろうから………その時は、一緒に頑張ろうね」

「あぁ………こっちこそ、宜しくな」

 血と薬物という闇に塗れた世界には似つかわしくない青年に挨拶をし、一時的な別れの挨拶を述べた。

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