第2話

 初任務が下される日を待つ中、ロベルトはテオと共に勉強をしていた。銃の扱い方や格闘術といった実戦的な内容から、イタリアの裏社会等の社会的な内容まで知識を詰め込んでいく。血と硝煙の匂いが漂い、薬物が当たり前の様に蔓延る世界で生き抜くためには必要な

ことだと割り切って残酷な事実を飲み込む日々が続いた。




 8月1日、時刻は午後1時30分。

 夏の暑い日差しが照り付ける中、ロベルトはテオと街を歩いていた。黒色のキャップを深く被り、うんざりした様にロベルトが言う。

「クソ暑ぃ………39度とかふざけてるだろ」

「仕方ないよ、ロベルト。イタリアは暑い国だからね。レストランに入ろう、そこなら少しは涼めるよ」

 テオの後を追い、レストランに入る。席に着いてメニューを見ながら、テオはサングラスを外した。

「何食べようかな………ロベルト、何が良い?」

「何でも良い。強いて言うなら、エスプレッソが欲しいな」

「あんまりこだわらないんだね………じゃあ、ノルマ風パスタとミネストローネにしようかな。ロベルトもそれで良い?」

「あぁ」

 店員を呼んで注文をし、料理を待ちながら窓の外を眺める。人が少し少ない通りに、ロベルトは少々驚愕した様子になった。

「人少なくねぇか?」

「みんなバカンスに行ってるんだよ。暑いと仕事の効率が落ちるからね。まぁ、僕達マフィアにバカンスなんてないんだけど………」

「年中働いてるみてぇだしな。色々事件を起こしてるしよ」

 エスプレッソを一口啜り、テオに質問をした。

「なぁ、テオ。お前、任務はもうやったのか?」

「うん、一昨日が初めての任務だったよ。何とか怪我なく済んだから良かった、ってところかな」

「お前人殺せんのか?」

「殺せなかったら、ロベルトと食事なんてしてないよ?」

 無表情で言うテオに、ロベルトはゾッとした様に顔を青褪めさせた。テーブルに乗ったパスタに一度目を向け、再びテオに視線を向ける。

「なーんてね。冗談だよ、ロベルト。本気にした?」

「本気だっただろ、さっきの言い方………」

 パスタをフォークに絡め、口に運ぶ。トマトソースと揚げ茄子の味を噛み締め、目を輝かせた。

「美味しい?」

「………あぁ」

「それ、とても好きなんだ。勿論、イワシのパスタやボンゴレビアンコも好きだけど………パスタの中だったらこれが1番かな」

「へぇ………俺、食べれば何でも良いから、気にしたことなかったぜ」

 ミネストローネを啜り、出来るだけ礼儀よく皿を置こうとするも金属音が鳴る。少々ばつの悪そうな顔をするも、テオは微笑んでいた。

「ロベルト、気にしなくて良いよ。テーブルマナーはこれから覚えていけば良いからね」

「出来そうな気はするんだけどよ………なんか上手く出来ねぇんだよな」

 溜息を吐きながら、礼儀正しく食事をするテオに目を向ける。口を丁寧に拭き、金属音を立てずに食事をする姿は貴族を思わせるものであった。他愛のない会話を交わしながら、ロベルトは問い掛ける。

「なぁ、テオ。俺達のチームってどんな奴が居るんだ?」

「そうだなぁ………まだ入ったばかりだからよく把握してないけど、色々な人が居るよ。僕と仲良くしてくれてるのは、オスカルさんとドナテロさんかな。2人とも、僕達の大先輩だからね」

「あいつ、結構長ぇんだな………あんな間抜けな顔してる癖に」

「やる時はやる人なんだから、そんなこと言ったらダメだよ?」

 辛辣な言葉を吐くロベルトに苦笑いを浮かべて、テオはエスプレッソを飲む。少し冷めたエスプレッソをゆっくりと胃に流し込み、飲み干して立ち上がる。

「ロベルト、行こう。お金は僕が払うからね」

「悪ぃな、テオ」

「ううん、気にしなくて良いよ」

 店を後にし、パレルモの街中を歩く。建物が多く立ち並ぶ道を歩きながら、ロベルトはテオに言った。

「そういや、テオ。お前、どこ出身なんだ?」

「フィレンツェだよ」

「フィレンツェ………?結構遠くねぇか?」

「色々と事情があって、1人で来たんだ。流石に、家族をマフィアのことに巻き込むわけにはいかないからね。ロベルトはどこの出身なの?」

 テオが興味深そうに聞くも、ロベルトは目を伏せて黙っている。沈黙が流れる中、重々しく口が開かれた。

「−−−−分からねぇ」

 その一言に、テオは目を見開いた。透き通ったエメラルドグリーンの瞳は呆然と開かれ、口からかすかに疑問の声が溢れる。

「えっ………?分からない………?」

「………あぁ。言葉の通りだぜ。分からねぇんだよ」

「それって………記憶喪失ってこと?」

「そうだ」

 ベンチに座り、背もたれにもたれかかりながら語る。

「俺、記憶が飛んでるんだよ。10年前、俺が9歳くらいの時からの記憶がな。覚えてるのは、姉さんのことだけだ。それ以外のことは何も覚えてねぇ。親のことも、ダチのこともな。いや、ダチがいたかどうかすらも怪しいかもしれねぇ………俺、ガラが悪くて生意気だからよ」

「そっか、それなら確かに出身地も分からないよね………」

「俺がアルヴェアーレに入ったのは、姉さんを探すためだ。姉さんは、10年前にマフィアに連れ去られた。そして生き別れたんだ。それから、会うどころか姿すら見たことがねぇ。それと同時に、親のことも探している。どんな家庭だったかは覚えてねぇが、俺が今生きてるってことは、親だってちゃんと居たはずだ。俺が何も覚えてねぇだけでな」

 煙草に火を点け、煙を吐く。憂う様に目を伏せるも、すぐに微笑んだ。

「あぁ、悪ぃな。暗い話しちまって」

「ううん、大丈夫。寧ろ、ロベルトのことを知る良い機会になったよ。教えてくれてありがとう」

 そう言いながら、テオはロベルトの頭を撫でそうになった。しかし、すぐに申し訳なさそうな表情を浮かべて手を下ろす。

「あっ、そっか………頭撫でられるのは嫌だって言ってたね。ごめん」

「別に嫌だってわけじゃねぇよ。慣れてねぇだけだ。つーか、それよりも………そうやってガキ扱いされるの、あんまり好きじゃねぇんだよ」

「………甘え慣れてないんだね、ロベルトは」

「逆にお前は甘え慣れてそうだよな。上に兄弟居そうだしよ」

「あははっ………まぁ、確かに兄さんが2人居るし、あながち間違いじゃないかな」

 テオが苦笑いを浮かべる一方で、ロベルトもかすかに笑っている。どこか子供らしさの片鱗がある笑みを向けて、ロベルトはテオと共にアジトへ戻って行った。




 アジトに戻ると、返り血を浴びたスーツを着たオスカルと遭遇した。

「やぁ、テオ!それにロベルトも!」

 返り血が付いているにも関わらず陽気な笑みを浮かべるオスカルに、ロベルトは思わず顔を多少青褪めさせて視線を逸らしている。

「任務帰りですか?」

「あぁ、そうだ!今日のターゲットは手強かったなぁ、防弾チョッキを着ていたから中々殺せなかったぞ。まぁ、狙う場所は何も胸だけじゃないからな。確実な頭を狙えば、どんなに強い奴でも死ぬ。人間の体はそんな風に作られているからなぁ」

 飄々と言いながら、オスカルはロベルトに目を向けた。嫌そうな表情を浮かべるロベルトに寂しそうな視線を向け、声を掛ける。

「どうした、ロベルト!お前も数日後にはスーツを血で染めて帰ってくる日が始まるんだぞ!」

「なんでそんな高級そうなスーツで仕事が出来るんだよ………」

「マフィアは格式高い組織だからなぁ。ギャングの様なごろつきよりは何倍も礼儀よくしないと、ボスの恥になってしまうだろう?まぁ、心配しなくてもそのうち慣れる!だから心配するな!」

 そう言ってエレベーターに乗った所で、ロベルトは溜息を吐く。

「暑苦しいな、あいつ………お前が癒しになりそうだぜ、テオ」

「えっ⁉︎あ、ありがとう………?で、良いのかな………?」

「ああいうテンションの奴はダニエーレさんくらいだと思ってたのによ………騙しやがったな」

「ああいう人、苦手なの?」

「あんまり好きじゃねぇな………なんでかは知らねぇが、なんか苦手なんだよ」

「何か記憶に関わってるのかな、それ」

「あり得そうだな。理性が覚えてなくても、本能が覚えてるのかもしれねぇ」

 煙草を取り出し、火を点けようとした瞬間だった。エントランスにダニエーレが入って来た。笑みを浮かべているものの、眼差しはどこか真剣味を帯びている。

「やぁ、ロベルトちゃん。それにテオ君も。丁度良いところに居たね。話があるんだ」

「話?」

「喜んでね、ロベルトちゃん。ボスから任務が来たよ」

 淡々と発せられた言葉は、場の空気を一変させた。緊張する様に表情を固くする中、ダニエーレはオスカルに電話を掛けている。

(初任務、か………本当に、始まっちまうんだな………)

 右手を握り締める中、テオは覚悟を決めた様に頷いて手を組んでいる。瞳を閉じ、黙って祈るテオに何も言えない中、階段を降りる足音が鳴り響いた。

 

 

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