第26話 貝の話
でもよ、俺にはその時刻にはアリバイがあるんだよ、探偵さん。
もっとも証人なしにゃ信じちゃもらえないだろうがね。
言っておくが、証人はいるんだ。
隣の部屋を取ってる客さ。
だがなあ、あいつを呼ぶのは俺の無実を証明できるとて心もとないんだよ。
まあ、与太みたいな話だが本当にあったことだからな、ありのまま話をさせてもらうぜ。
あれは昨日の十七時だったな、俺はビーチで本を読んでた。
自己啓発書ってのを読むのも悪くない、ただし「ごくたまに」って但し書きが付くが。
でもって、いくら晴れてるとはいえだんだん暗くなるから帰ろうとしたら、隣の部屋の客がやってきた。
あいつ、初めて見たときからなんか妙な雰囲気があって挨拶は会釈した程度だったんだがやたらと記憶に残ってたんだな。
向こうも俺を覚えてて、隣の方ですよね、と話しかけてきた。
まあそこまでならよくある話だ。
ところが信じがたいことにやっこさん、歩くたびに異様な音がする。
ゴッツンゴッツン言わせてるから、「どうしたんです、ひどく重たい足取りですが」と聞いてやった。
そしたらやっこさんが答えるには、
「シャコガイに足を挟まれまして」
だとさ。
まさかと思って見たら、たしかに右足をでっかい貝が挟んでいる。
嘘だろ、と掛けてたサングラス外してみてもしっかりと貝が足を挟んでいた。
「いったいどうしたんです」と聞いたら、「知らない浅瀬は泳ぐもんじゃないですね」だと。
こりゃどうしたもんかと思って、とりあえず医者に行くように言った。
それが昨日の十七時のことですよ。
え?
隣の客がそれからどうしたって?
探偵さん、それがまた変な話でして。
今朝そいつと会ったんですがね、今度は左足もシャコガイが挟んでたんですよ。
「いったいどうしたんです、昨日より酷くなってますよ」と言ったら、やっこさん、何と言ったと思います?
「いやあ、いいお医者さんでした。これでバランスよく歩けますよ」と。
信じないかもしれませんが本当の話でして、隣の部屋にまだいるかもしれませんし、どうです探偵さん、ドアをノックしてみたらいかがか。
きっとゴッツンゴッツン言わせながら出てきますよ。
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