第25話 電子レンジの話
冬の夕方は早く、そして短い。
もう少し明るい時間が続けば出かけようという気になるのに、と思いつつ夏美は電子レンジでお湯を沸かす。
大した温度にはならないが、だからこそいいのである。
なにより火傷の心配がないし、ヤカンを火にかけたのを忘れてしまう心配もない。
待ち時間もきっかり決められるので、その間の行動も簡単に済む。
夏美は自分が粗忽者だと重々承知していたので、ガスより電子レンジのほうを信奉しているのだ。
とはいえ、ガスの火を信頼していないわけではない。
鍋物の季節は土鍋を出してしっかりことことと煮込むし、夏になれば蕎麦やら素麺やらを茹でるのに使う。
これらはレンジの力ではどうも心もとないのでガスを使うのだ。
と、ちょうどお湯が沸いたので扉を開けて耐熱ガラス製のジャーを取り出す。
本当は今日のメニューを豪勢にしたかった夏美だが、先に述べた通り夕方から夜の切り替わりが早く、暗くて寒いこの時期は出かける気力が弱くなるのである。
幸い、買い出しに行く日より前だったのでそれなりに食べられるものはある。
そういいつつも、カップ麺と冷凍のほうれん草、そしてプロテインという寂しい組み合わせが食卓に並んだ。
夏美はカップ麺を見て思い出すことがあった。
あれは何年か前の食品工場での夜勤だった。
休憩時間になったので休憩室に行ったところ、どうにも変な匂いがする。
なんなのかと思いつつ、体をいたわるのが先と考えて机に突っ伏した。
視線の先には電子レンジがある。
なんとなく、匂いの出元はあれのようだ。
何をやらかしたのか……?
そう思って見ていると、一人の工員が近寄って電子レンジの扉を開けた。
インスタントラーメンのぐにゃぐにゃになったカップが鎮座していた。
表情は見えなかったし、その工員も疲れていたのか目立つリアクションをしなかったので推測に頼るものの、おそらく彼は嫌悪の感情を抱いたのだろう。
だがぐにゃぐにゃになってしまったカップを捨ててしまうわけにもいかず、白くグロテスクなそれを手にして、そのまま夏美の視界から外れるほうへと彼は去っていった。
たぶん変な味がカップ麺からしたに違いない。
粗忽者の夏美でもしないようなことをする人がいるものだ、とそのとき彼女は思った。
オチのある話ではないのに、今でも覚えているのはなぜだろう。
夏美はそう思いつつ、カップ麺ができるのを待った。
このカップ麺が食べられるのも、工場で夜勤する人々あってのものだ。
感謝を忘れずに、と夏美は思った。
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