第11話 風の話
今ではすっかりさびれてしまったが、アルバの街は貿易港として名高かった。
国中から織物やガラス細工をかき集め、国外から香辛料や貴金属を輸入する。
一時期には宮殿と見間違うほどの屋敷が立ち並んでいたという。
さて、最盛期のアルバの港では、誰であれ彼であれ、少しでも怠けているとぶちのめされるのが流儀だった。
人手が足りぬせいもあり、気が異様に立っているせいもある。
貴族出身の役人が来たときも港の連中は容赦せず、帰りには杖に頼らずにいられないほど扱き使ったほどである。
力仕事なり会計なり、急いで進めなければならぬほどの仕事が山積みだったからだ。
ともかく、そのころのアルバの港は常に人手が足りていなかった。
ある時、アルバの北埠頭に少年がぼうっと立っていた。
白尽くめで肌も透き通るほどであり、こんな港町ではポキリとへし折られそうな印象を与える外見だ。
当然、港の人々は「働け、さもなくばぶちのめすぞ」といつもの流儀で対応する。
ところが少年は黙っていた。
海ばかりを悲しげな目で見つめているのである。
アルバの人々はバカにされたと思い、実力行使にかかった。
一人の大男、それも少年の腰骨を平気な顔でへし折れそうなほどの怪力で知られたやつが、腕を振り回し一発ぶとうとした。
あわや鮮血が飛び散る……とことはなかった。
少年は大男の一撃を交わしていたのだ。
大男は面白くないし、いっそう腹を立てた。
一撃一撃が速く重くなる。
だが少年はその連撃をスルスルとかいくぐってしまう。
この様子に腹を立てたのは大男ばかりでなく、近くにいた連中もそうだった。
あんなひょろっちいガキにいつまでかかっている?
人々は手に持った道具を武器代わりにして、少年に打ち掛かる。
普通ならば怠け者を懲らしめるのに一発二発で十分である。
リンチにかけるというのは、最盛期の港でも珍しいことだった。
当然、鮮血が飛び散った。
しかしそれは少年のものではなく、怒りくるった連中が同士討ちのような形で流したものである。
うめき声と怒号が響く。
少年はひどく悲しげな声で「風に気をつけて」と言って足早に去っていった。
アルバの港でこの少年の噂が出回ったのは二回だ。
一回目はさして長続きしなかった。
朝から酔いどれたか、集団で違法な香薬でも焚いていたのだろう、ということにされ、実務的な噂に戻っていったのである。
二回目はだいぶ後になってからだ。
それも一回目より長く続いた。
きっかけは座礁する船が増えたことを疑問に思った商人が、首都から学者を呼んだことである。
学者は港の人々に聞いたり実際に現場を見て回ったりといろいろ調べた結果、こう結論づけた。
「風が原因だ」
すなわち、風の影響により経験以上の速度で砂が堆積し、浚渫が追いついていないからだ、と。
アルバのギルド長たちは素早く資金を集め、浚渫計画を立て、実行していった。
だが時が進みだすと、人間の手に負えるとは限らないことがあれこれ起こる。
一番は大鮫戦争だ。
アルバは敵国から徹底的に攻撃された。
港の設備は再建してもすぐに破壊され、宮殿のような屋敷はほとんどこの時期になくなってしまった。
住民も大部分が徴兵されるか被害に合うか避難するかしたため、最盛期と大鮫戦争後より一年後の人口を比較すると、実に三分の二もの減少が見られるという。
二つ目はウェステンダムがアルバと同じ国のものとなったことだ。
この歴史の浅い街は、計画都市であるがゆえにアルバよりもずっと機能性が高かった。
大鮫戦争にからくも勝利した結果、粘り強い交渉で手に入れた都市である。
国民の大多数は歓迎したものの、人口が減っていったところに強力なシェア争いの相手が現れたのはアルバにとって不幸と言えよう。
他にも造船技術の発達や、需要と供給の変化などいくつか原因は挙げられる。
ともかく、アルバはもはや重要な都市ではなくなったのだ。
風の力で溜まっていく砂を取り除く力も気力も意味もなくなっていき、ついには港も運河も埋まってしまったのである。
あの少年は噂から伝説になった。
どの語り手も内容の異同はあれど、少年がアルバの衰退を警告した超常的な存在であることは疑っていない。
ただ、今このアルバに吹き付ける風を受けて思う。
「風に気をつけて」と言われても、いったいどうすればよかったのだ? と。
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