第9話 日曜日朝の話
霧がかった朝。
陽の光が通らず、ぼんやり薄暗く、夢魔が居座りそうな様子だ。
実際、ジョセフは寝過ごした。
彼の住む村では、日曜日の朝に集会がある。
集会といっても立派なものではなく、村の面倒ごとの押し付け合いになることがほとんどだった。
しかし、これに不参加の際は罰金を払わねばならないという迷惑千万な代物だ。
参加したらしたで参加費を出さねばならないこともある。
つまりは、絶対に金を払うか、確率で金を払うか、の二択なのだ。
寝過ごした以上、ジョセフは前者に該当してしまった。
苛立って起き上がり、朝食を食べてから畑仕事をするべく服を着替えていると、集会所の方角から鐘がなっている。
ジョセフはシャツのボタンを留める手を止めて、
「こりゃあ……」
とゆっくりと、そして訝しげに鐘の音の方角を見た。
おかしなことである。
というのも、鐘が鳴るのは集会開始の三十分前と決まっていた。
しかし寝過ごしたはずなのに今になって鐘が響いている。
不気味に思ってジョセフは外套を羽織り、家を出た。
彼の家は比較的集会所に近い。
霧がかって視界が悪いものの、怪我も邪魔もなく集会所にたどり着けた。
妙なことに集会所前の広場には誰もいなかった。
ただひたすらに、鐘が鈍い響きを放っていた。
ジョセフは信心深い方でもないが合理的なたちでもない。
とはいえ、この現象の謎をわからないまま終えるつもりはなかった。
薄気味悪さを感じつつも、彼は集会所の扉を押した。
難なく開く。
この前はスミスのばあさんが建付けに文句を言っていたが、誰かが油を差したようだ。
「おーい」
ジョセフは声を上げ、鐘を鳴らす者に呼びかけた。
返事はない。
ただひらすらに、鈍い響きが続いている。
「おーい。誰だ? 誰なんだ?」
ジョセフは声を上げて呼びかけた。
今日この日、誰が鐘登番になっていたかを思い出そうとした。
スミスの次男が先週だった。
なら次はジョセフ……のはずである。
心の中で、あっ、しまった、と叫ぶ。
彼が寝ていたので、誰かが代わりに鐘を鳴らしているのかもしれない。
礼と謝罪を言わねば、と思ったが、それにしてはおかしい。
集会所に近い村民はジョセフの他にもいる。
その連中が誰も来ていない。
嫌な感覚がのしかかってくるのがジョセフにはわかった。
集会所の壁には独立戦争時の戦利品としてサーベルが飾ってある。
実戦経験はないが、彼は何も持たないよりはマシと考え取っ掴んで鐘楼へ登っていった。
鐘楼の階段は、扉とは違って異様なほど軋んだ。
ずいぶん太ったネズミが何匹か行き来するのを顔をしかめつつ見る。
気が重いが、ジョセフは駆け上った。
鐘が見える、そう思った途端、何かが落ちてきた。
「うわあっ!?」
思わずサーベルを引き抜いて斬りつける。
なにかを両断したような感覚があった。
思いの外スムーズに鞘から出せたことに驚きつつ、斬りつけたものは何なのか、恐る恐るジョセフは振り返って見た。
彼はそれがなんであるか理解できなかった。
おそらく足の細長い蜘蛛のような何かである。
しかし蜘蛛にしてはあまりにも大きすぎる。
階段の下の方でやや小さく見えているが、おそらくあの様子ではジョセフより大きいに違いない。
それは二分割されていて、ピクリともしていなかった。
だが彼が安心したかといえば否である。
とにもかくにも、あの下にいるもの、あるいは下にあるものが確実に死んだか調べ、とどめをささなければならない。
ひどく気の重い仕事だ。
ふと、ジョセフは鐘が鳴り止んでいたことに気づいて、いったん鐘の様子を見に行くことにした。
鐘楼には誰もいなかった。
霧が村を包んでいた。
霧に嫌なものを感じつつも彼が鐘を試しに鳴らすと、あの鈍い響きではなく聞き覚えのある音が出た。
下へ降りるのは気が進まないが、それ以外にできることはない。
ジョセフはゆっくりと、一段一段、自分をごまかすようにおりていった。
そのあとについては釈然としない。
あの蜘蛛のような何かはいつの間にか消えてしまっていたし、霧も晴れていった。
村民はいつものように集会を始めたが、ジョセフはサーベルに残ったタールのようなものが意識から離れなかった。
結局、彼は集会を定刻通りに始められなかったので罰金を払う羽目になったが、それすら脳の片隅へと追いやられてしまっていた。
タールのようなものからは、少し潮の臭いがした。
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