第8話 小さな話

 健康診断に行ったとき、着替えるために腕時計を外してロッカーに仕舞った。

 診断は一時間ほどで終わり、早く帰って本を読もうと思いながらクリニックを出た。

 腕時計をロッカーに忘れたかもしれない、と思ったのはクリニックから五駅ほど離れてからだった。

 電波時計のくせに分針が二、三分遅れている古い時計だったので、買い替えの時期かもしれない、と思い諦めようとした。

 だが壊れたわけでもないし、分針の遅れを意識すれば問題なく使えていたので、わざわざ買い替える必要もないかもしれない。


 わざわざクリニックまで戻るか? それとも新しい腕時計を買って自慢してみるか?

 少々悩んだ。

 結局、別の少し急ぐべき用事を思い出し、自宅に戻ったのである。


 自宅で服を着替えているとき、上下のポケットの上を叩いたり中をまさぐってみたりしたが、腕時計らしい物は入っている様子がない。

 これは予算を組むべきだな、と思いながら問診票を持参するのに使ったリュックサックをフックにかけようとすると、手が滑ってドサッと落ちた。

 そのはずみで、ペットボトルなどを挿せるリュックサックのポケットから失くしたと思っていた腕時計が飛び出してきた。


 あきれた。あきれはてた。

 ずいぶんとスケールの小さい話である。

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