第6話 温泉の話

 どうにもおかしい。

 さっきから同じところをぐるぐる巡っているように思う。

 何匹か猿は見た。

 ならば目的地は近いはずだ。

 なぜなら猿と秘湯はセットだ。

 味噌汁と豆腐とが分かつことのできない組合せであるように、猿と秘湯とを別々にしようものなら猿は断腸の思いで憤死し、秘湯は枯れ果てるであろう。

 この論理に蟻の牙ひとつたりとも穴を空けることはできない。

 できるはずがない。

 というのも、私はしばらく前に猿と秘湯との比翼連理の関係性について地質学会で飛び入り講演しようとしたことがあるが、やんわりと断られた。

 これは地質学者にとって件の関係が基礎中の基礎であり、改めて論ずるほどの話でもないことの証左だと断言できる。

 ゆえに、猿を見れば見るほど秘湯へ近づいているといえる。

 疑う余地はない。

 ないはずなのだ。

 さきほどから猿の数は増えている。

 だから秘湯へはあと少しなのだ。

 猿がまた増えた。

 近い、近い、秘湯が近い!

 猿が、猿がまた増えた!

 もうすぐ、秘湯が、秘湯が見える、そのはずだ!

 猿、猿、猿!

 私を追ってくる猿、迎え出る猿!

 ああ、秘湯はもうすぐだ!

 猿が笑っている、牙を剥いて笑っている!

 金切り声を上げて、大きく喉を奮わせて!

 秘湯が猿! 秘湯が猿!



 

 

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