第3話 けしからんと思った話
冬は来た。
その懐が暖かろうと寒かろうとお構いなしに、万民へだてなく冬は来た。
奴は冬が嫌いだ。
おそらく冬のほうも奴が嫌いだ。
というのも、奴にとって不幸な出来事はたいてい冬に起きるからだ。
とにもかくにも、奴は冬が嫌いで、少しでも寒くなれば俺に愚痴を長長と聞かせに来る。
あの日も日に日に寒くなるばかりで、俺のほうも少し辟易していた頃だった。
「けしからねえ、けしからねえな、まったく」
言って奴は上がり込んで来た。
またぞろ何かあったに違いない。
あまり聞きたくはないが、肩を怒らせている奴の機嫌を損ねようものなら、どこぞの誰ぞがうんざりする羽目になる。
そうなるなら俺のほうも気分が悪いので、少しでも不幸な人間が減るようにと願いつつ聞いてやった。
「いったい何にそう怒っているんだね」
「おう、聞けヘボ学者」
「俺のどこがヘボだ」
「そこを気づけないからヘボだってんだ。いいか、最近冷えるばかりだろ?」
ああ、くどくどと続ける気だな、とうんざり思いながらも表情に出さないように努めて奴に顎で促した。
「それで、あそこに橋があるだろ、あのボロッちい木の橋がよ。俺は仕事から帰るところだったんだ。親方が機嫌悪くして、もうお前らは帰れって言いやがったからな。早めに酒でも飲みに行くか、と思ってあのボロ橋を通るわけだ。そしたらだ」
「修道女に寄付でも頼まれたのか? 最近噂になってるが」
「ああ、まあそういうこった。ただ寄付ならやぶさかじゃねえ、そう思って財布を出した、すると何枚か銀貨が落ちた。それで拾おうとすると尼さんが手を伸ばしてな、落としましたよ、と渡してきたわけだ」
「それがどうしたんだ?」
「俺はそれはあんたらのもんだ、と言って行こうとしたが尼さんが追っかけてくる。こんなにはいただけません、神はうんたらかんたらと、な。気に食わねえから、気にせず全部もらってくれっと言っても引き下がりゃしねえ、とうとう腹が立って喧嘩になった」
「罰当たりが」
「うるせえ。ともかく巡査に捕まって二人とも豚箱行きだ」
「にしては早い帰りだな」
「ああ、二人で巡査を殴って逃げてきた」
私は手元にあった鉄張り表紙の写本で奴を思いっきり殴って気絶させ、本来いるべき場所、つまり刑務所へと連れていった。
暗い空に雪が降っていた。
奴が出てくるころには夏雲がかかっているだろう。
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