第2話 ゴリラの話

 ゴリラにとってドラミングという行為は威嚇である一方、平和的な解決を求める手段らしい。

 となると、私の眼前のこの男……戦う気はさらさらないようだ。

 一安心といったところである。


 いや、本当にそうだろうか?


 顔を天狗のごとく紅潮させたタンクトップの巨漢は、テンポの速いリズミカルなドラミングを私に見せつけている。

 もう十五分は胸をドコドコ鳴らしているのだが、なぜ彼がそんな行動に至ったのか私は想像がつかない。

 助けを求めようにもエレベーターの中だ。

 彼と私の二人だけがいる重い箱。

 そこでタンクトップマンはドラミングに励んでいる。


 エレベーターが故障しているのも困りものだ。

 非常連絡ボタンを押したがいっこうに誰の声も聞こえない。

 聞こえるとすれば、リズミカルなドラミングだけである。


 三十分ほど経ってようやく救助された。

 故障したエレベーターに私たちが閉じ込められているとわかったのは、ドドドドドドっという叩打音が聞こえてきたためだという。

 ドラミングマンは救助を求めていたのだ。

 しかし、それなら何も自らを叩き続けずとも、時折エレベーターを叩けばよかったのでは?


 そう尋ねると、ドラミングゴリラマンは言った。

「その発想はありませんでした」と。

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