第10話・追憶♯3 乾坤一擲

※1




幾重にも交差し、戦いは激化する。


ゼノビアと謎の少女の攻防は未だ動けないでいるガルフ達の目の前で繰り広げられていた。


いや、未だ動けないのではない。

少女の意識はゼノビアにだけ向き、最早残りの3人の事など眼中にない。


先ほどまで掛かっていた圧は薄まり、呼吸さえも許されないような空間から今は脱している。


だと言うのに、それでもなお動けない。


いや、言い方を変えよう。

この戦いに介入出来る余地が、俺達にはないのだ、と。


文字通り、格が違うのだという現実を叩き付けられていた。


だが、それでもだ。


「……あいつ一人に無茶を押し付ける訳にはいかない」


情けない。何がリーダーだ、何が大人だ。

ガルフは歯を食い縛った、掌から血が流れでる程に強く拳を握り締めていた。


レベルが違うから何も出来ませんだと?

違うだろうが、そういう事じゃない筈だ。


仲間は、パーティーとは、常に支え合い助け合う。

どんな困難も、全員で切り抜ける。


だからこそ、やれる事を考えろ。

俺達に代わり、一人でアレとぶつかっているゼノビアの一助となる手段を作り出せ。


「ガルフさん」


「ガルフ」


リック、そしてライトがガルフに声を掛けた。


「お前ら……そうだな、何もしない訳にはいかねえ」


2人の表情を見て、安心感を覚える。

そうだ、やはり俺の仲間達だ。

何をするべきか、何をしなければいけないのか。


考えている事はやはり、一緒だ。


「―――よし、行くぞお前ら!あの化物に俺達の手で一泡吹かす!」




※2




何本目かの空のマガジンが地面へと投げ出された。


一度距離を離したタイミングで再び装填しようとするゼノビアだったが、相手取っている少女はそんな暇さえも与えようとしなかった。


《いイよ!さあ、ペースアップ、どンどん行くよォ!》


「まだ、上げてくる……!?」


少女の貫手がゼノビアへと迫り、それに対し手に持ったマガジンをその顔面へと叩き付ける。


《あイたー!まータ顔狙うー?…すっゴくいいジャーん!!》


「何でこうも、たのしそうに…!」


一瞬動きを止めた隙に後方へ下がり何とかマガジンを装填し直す。


ゼノビアの息は荒い。

この攻防も何時まで続けられるか分からない。


現状はどちらも致命傷は受けていないが、しかし、天秤は既に少女の方へと傾き始めている。


少女の動きは一向に鈍らない。

それどころかゼノビアは、相手が自分に対し常に少しだけ速く動いている様に感じていた。


(多分……力をセーブしてる……ほんとうに、遊んでるだけなんだ…)


何か決め手を、考えないといけない。

このままでは文字通りおもちゃの様に壊れるまで遊ばれて終わるだけだ


《やっパり君、グッドだよ。》


少女は楽し気に手を広げる。


《中々どうシて、こコまで戦えるナんて久しブり!》


「……よく、言うね。本気なんて、出しちゃいない…くせに…」


《本気?……ふフふふふ》


「何がおかしいのかな」


睨みつけるゼノビア。

それに返すように、少女の赤く輝く瞳が剣呑さを帯びた。


《殺し合ウのと遊ぶのトじゃ、違うデしょ?》


「……………」


《そレとも、殺るカ殺られルか……そンな条件がアタチと君の間で成立してたと思ってタ?》


何気ない仕草で、何でもないように少女は問い掛ける。


そうだ、そもそも認識が噛み合っていない。

少女が狩る側であり、こちらが狩られる側。

そしてそこに窮鼠が猫を噛むような可能性さえ見つからない。


《君には感謝しテるんだよ、暇つブしになっテるし、流石にずっとオタカラを眺めてるだケじゃつまんないしねぇ》


「だから、私であそんで気分転換って?」


《ソユコト》


虫唾が走る理由だ。

このまま相手の思い通りになるのも癪だ。


とはいえ、ゼノビアに策はない。

殴って分かったが、あれの皮膚は硬い。

更に、その反応速度も凄まじく未だ銃弾の一発もまともに当てれていない。


避けるか切り払われるかのどちらかだ、これではジリ貧である。


(キリがない。動きさえ止めれば……だけれど)


何せこちらより速く動く相手だ。

後手に回っている現状、これを打破する為に必要なひらめきが、未だ彼女にはない。


八方が塞がれた。

イニシアチブを手にする事が出来ない。


「―――このままじゃ」


最早、打つ手はないのか。


そんな感情によって支配されようとした時だった。


「…ぇ」


腕輪型通信端末にコールが入る。


着信名はガルフ・チェノン。


「―――!」


ゼノビアは動いた。

銃口は、しっかりと少女を狙い、そして発砲。


そうして放たれる弾丸は正確に少女の額を捉える。

しかし、これもまた効かないだろう。弾かれるのがオチだ。


だからこそ、唯一の望みは。


(隊長が動くなら…!)




※3




《あタっ》


カン、と甲高い音が響く。

少女の足元に転がる潰れた弾丸を拾うと、それを空に掲げるようにしながら眺める。


《―――コれって何かさァ、アイツに小突かれてるミたいで嫌なんだヨねぇ。》


額を擦りながら、少女は発砲しながらも距離を離し続ける相手を見た。


(さっキより距離を開けル事に徹底してイる?何か考えテんの?それトも)


諦めたのなら、そろそろ終いか。

ここまでよく持ったものだった、彼奴に限界が近い事も見ていて分かる。


これまでも気まぐれで各地のオタカラを場所を巡り、度々木偶共と遭遇する事もあったが、そのどれもが味気ない。

何とも不甲斐ない連中だった事を憶えている。


だからこそ、今回は当たりだった。


木偶の3匹を連れていたが、彼女ほどの戦士はこの時代において初めてだ。

幾らセーブしていたとは言え、こちらに追従出来る人間も滅多にはいまい。


(とはいえ、何時までも続かナい訳だ。十分楽しンだし、もうイっかな。『素体』としてもキッと有用だから、殺ったらきチんと回収しとかないとネ)


『混ざり者』となったら素晴らしい進化を見せてくれるであろう逸材。


少女は、そうなった彼女の姿を想像し、ニヤけてしまう表情を曝け出す。


《フフ、じゃあ最後はそうだなァ……決めた!アタチに捕まったらァ……君の負けェ!!》


少女は地面を蹴った。

ただそれだけで、少女の身体は一気に加速する。


「―――やっぱり、規格外……っ!」


距離を取らんとするゼノビアの姿が、瞬く間に大きくなっていく。


《アハハ!そウだよォ!君とは違うんダぁ♡》


両手を掲げ、指先から伸びる爪を構えた。


《だからさア!もういいンだから、アタチにィ………殺されなよォ!!》


その間合いは、既に少女の距離だった。

わざわざ相手に合わせて動けるような存在だ、逃げに徹したゼノビアが捕まったとしても、それは至極当然の結果である。




「―――君は、必ずインファイトを仕掛けてくる」




だが追い詰められた筈のゼノビアの声は落ち着いていた。




《そうだねェ、これがアタチの得意な戦い方だかラね!》


少女は特に相手のその様子さえ気に留めない。

後ほんの一歩で爪が届く、ゼノビアの喉元を簡単に引き裂ける。


「そう、警戒も何もしない。そこにあるのが傲慢さ、私達を侮る故の油断」


迫る切っ先、それは瞬く間にゼノビアの寸前まで届かんとする。


なのに、それでも彼女は取り乱さなかった。


そこでやっと少女は相手の様子を訝しんだ。


《―――なニ、その…もうスぐ死ぬのに、何で慌てなイの?》


「決まってる、そんなこと」


ゼノビアは少女を見た。

それは相手を挑発するかの様な、半笑いを浮かべた表情だった。






「死なないもの、わたしは。そして君は舐め過ぎだよ、隊長を…わたしの仲間達を」






瞬間、周囲の景色の色が褪せた。

何とも言えない不快感、そして身体に重りを何個も括り付けた様な重圧。


《ハ?》


少女の動きが、止まった。


「……ふふ」


ゼノビアは小さく笑いを漏らし、距離を離す。

少女の間合いの外まで距離を取ると、少女の背後へと目を向けた。




「簡易エーテル障壁、展開」




少女の背後から声が聴こえる。

今や顔を向ける事さえ出来ないが、それは男の声だった。


《―――だ、だレ》


「はっ、聞かれたのなら答えてやっかぁ?」


片手にはエーテルクリスタルを設置した起動用の土台。

背中にこれでもかと詰め込んだ巨大化バックパックを難なく背負い、気丈に佇む。


「ライト・コナー。ガルフパーティ、唯一のサポーター!まさに俺こそ、縁の下の力持ちィ!」


戦闘では滅多に発露出来ない鬱憤を晴らさんばかりの咆哮だった。


ゼノビアは頷き、ライトもサムズアップを作り頷き返した。


「ライトさん、ナイスタイミング」


「嬢ちゃんがここまで誘導したからだぜ?まさかこうも、アッサリといくとはなぁ」


「それはそう。まあ、この子が余りにも周囲が見えてなかったから」9


「ははは!確かにな!」


《ぐ、コノ……!!》


言われ放題だ、少女は初めて顔を歪めた。

それは怒りか、羞恥か、少なくとも先ほどまでの享楽的とも言えるふざけた態度は鳴りを潜める。


「おっと、簡易エーテル障壁の範囲を極限まで狭めた分ここの密度は要塞都市ニヒトのエーテル障壁に多少劣る程度で結構強力だ……霊魔と一緒なら、さぞや不快な空間だろうなぁ?」


《……はっ、ソウだね。ソレ…は……認めル…けどサァ?こノ程度なら、アタチならすグに……!!》


エーテル障壁内は霊魔の動きを抑制し、その生命活動を強制的に停止させる事が出来る為、いわば奴等にとって猛毒の領域だ。

少女が動きを止めたという事はエーテル障壁は有効、つまり霊魔に類する存在で間違いないというだが、それでも僅かに動き始める。


「………おいおい、エーテル障壁内だぞ。自滅どころか、もう動こうとしてんのかよ…」


《はっ、笑えちゃウんですケどォ?これでアタチを完全に止めヨうだナンて―――》


「止める?違うな……これはおめえを確実に倒す為の手札だ」


《なに?》


少女の左右に人影が走る。

この直前まで視界にも入れていなかった男達が、ゼノビアに迫る中、無防備となった少女の死角を狙い、一斉に動き出した。


「確かに俺達じゃ真正面から戦えねえ……なら、そんな俺達相応のやり方ってもんがあるんだよ!」


右からはガルフ、盾を背負い長剣を両手で構え喉元を切り裂かんとする。


「確実にに仕留める為に、ここで…!」


リックの振るう槍は彼女の胴体、おそらくは心臓部となる部位を貫かんと一直線に突き立てる。


《…ちっ、まさか、こんな―――!》


対して少女は未だ動きが鈍い。

このままでは避ける事も儘ならないだろう。


「……私一人じゃ、君に勝てそうにないから、ごめんね」


ゼノビアは銃剣を構え、そして正面から突っ込んだ。

確実に仕留める為に、これでケリが着く…そう確信しながら。


《くっ、ソンナ、この私が――――》


これがガルフパーティーだ。

戦闘の基点にゼノビアを置き、単独ではなく、仲間と共に戦う。


幾多の困難を乗り越えてきたからこそ、その連携は完璧だ。


囲まれた少女は顔を俯かせた。

予想を超えた反撃、そして己が追い込まれた事に心でも折れかけているのか。







《―――なァんて、言うト思ウ?》


「っ!?」







3方向からの一斉攻撃。

それでもなお、少女は言った。


負け惜しみ、違う。

それは、余裕だ。


あらゆる事が些事である、ある種の傍観者の姿だ。


《塵も集まレば何とヤらって事?ハハァ、勉強になったヨ?》


だから、そう呟いた少女は顔を上げた。


ゼノビアの目が見開かれる。

やばい―――本能的に、察してしまった。


「皆、離れ―――」


叫ぶゼノビア、だがそれよりも早く。


少女はその殻を破る。


《お・か・え・し ♡》


少女を囲うように、地面から黒いナニカが噴出した。


泥水の様な、しかしまるで意思を持っているかのように自由自在に動き回る。


間近の3人はそれへの反応が間に合わず、黒いナニカに飲み込まれた。


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