第11話・追憶♯4 絶望のハジマリ
※1
少女を中心とし黒い濁流が溢れ、ゼノビア達はそこから放たれる悪臭に顔を顰めた。
「これは……血の匂い…!?」
口元を押さえながら距離を開ける。
このままこの中にいるのは明らかにやばい事は幾らゼノビアとてそれは理解出来た。
「隊長、リックさん……!」
「だ、大丈夫だ。俺達も動けたが…」
「…ええ、ですが折角のチャンスが…」
直前まで迫れたというのに、アレによって全てが無碍となる。
周辺を包んでいたエーテル障壁でさえ、その外殻に罅が走り始めた。
「やべえぞ、エーテル障壁が内側から破られそうだなんて……一体どんだけ強力なんだよありゃあ!?」
エーテル障壁を何とか維持しようとしていたライトの焦りに塗れた叫び声が響く。
しかし、彼のそんな踏ん張りを嘲笑うかのように、障壁の罅は更に広がっていき―――。
そして、あっさりと割れた。
「そんな…!?」
パーティーは武器を構える。
先程までの流れとは一転し、身体を這うような不快感を全員が感じていた。
少女を包む黒い濁流は徐々にその量を減らし、足元の地面に広がっていく。
真っ黒に染め上げながら、それを生み出した少女は静かに話し始めた。
《認識を改めるネ。木偶3匹……いイえ、木偶ではナイ。何故ならアタチを本のチョッピリだけど焦らせル事が出来たかラ……誇ってもイイヨ?》
先程までの激情に駆られたような態度から一変し、穏やか口調に笑みを浮かべる。
まるで年相応の少女のように、枝木も折れそうにない程の細身で小さな身体を両手で抱き締める少女。
当然、そんな姿から窺える情報など、無意味でしかない。
これからきっと碌でもない事が起こる。
それは、間違いないのだから
ゼノビア達は少女の言葉に応えず、警戒を緩めない。
余裕がないんだなァと、少女は能天気な感想を浮かべた。
《だから、終わりダ》
その言葉が合図となった。
地面に広がった黒い染みから気泡が発生する。
それは各所で勢いよく増え続けながら、そしてゼノビア達にとって見慣れた姿形を作り出す。
10か、20か、30か。
最早、数えるのも馬鹿らしい。
そのすべてが人型の霊魔となって生み出された。
ゼノビア達を、これ以上ない程の密度で包囲する。
「霊魔…!奴が生み出したのか…!?」
ライトは身体の奥底から込み上げてくるような恐怖に身体を震わせた。
一見、冷静を保っているガルフやリックとて、弱音こそ吐かないが、ライトと同様の感情だろう。
「…………」
だが、ゼノビアはまだ諦めていない。
その瞳には抵抗の意思が残っている。
彼女とて実力差が分からない訳ではない。
むしろ、この4人の中で一番の強さを持っているからこそ、誰よりも今この状況がどれだけ絶望的なのかも理解している。
だけど仲間が一緒だから、一人じゃないから、きっと。
「―――隊長、突破しよう」
「ゼノビア…」
「やるっきゃない、じゃないと死ぬ」
「…ああ、そうだな」
この際エーテルリソースは諦めるしかない。
撤退が可能であるかどうか、それもまた可能性の低い話ではあるが、生きるか死ぬかの瀬戸際では結局選択しなければならないのだ。
《逃がスッて思う?このアタチがサ?》
しかし、そんな選択肢さえ摘むのが少女のやり方だ。
《元々君達を逃すツもりもナかったし、遊びはオわり》
少女が右手を振り下ろした。
それと同時に霊魔が動く、
これまで探索者達が見た事のないような、統率の取れた動き。
周囲に壁を作るように互いが密となり、ゼノビア等4人の包囲を更に狭める。
背後には遺跡に繋がる門、残り三方には霊魔の壁。
逃げ道の作りようがない。獲物を閉じ込める籠が出来上がった。
「追い詰めて、なぶり殺しって所か?趣味が悪いな、おめえは…」
《そウでもナイよ?こレは素晴らシい事のハジマリだ》
「何が素晴らしいんだ―――!?」
《理由は身を持ってシるとイイよ、オジサン?》
怒りを露わにするガルフ。
だが彼は一瞬で至近距離まで迫った少女に反応する事が出来なかった。
それは他の仲間達も、今度はゼノビアとて動けなかった。
少女の指先がガルフの右胸を貫いていた事に、当人でさえ気付くのが遅れていた。
「……………な、え」
ガルフの口からは、何も分かっていないような、気の抜けた声が漏れ出ていた。
「た、隊長……!!?」
「………あ、く」
気が付けば、右胸に風穴を開けられていた。
そう意識した瞬間、ガルフは足元から崩れ掛ける。
あれだけ感じていた様々な感情が―――怒りが、恐怖が、全て消え去っていく。
《………やっパり、大した輝きじゃナいねェ》
少女は楽し気に口元を吊り上げながら。
右胸を貫通し、血に塗れた右手には、緑色の結晶が握られていた。
エーテル晶石。
探索者が探索者たる所以のその身を超人と化す為の石。
それが少女の手によって、心臓部から抜き取られていた。
「そ、そんな……たいちょ……」
ゼノビアは動けない。
その光景を前に、彼女の中にあった戦意が急速に萎み小さくなっていく。
大切な家族が、今まさに息絶えようとしている。
「―――が、ガルフおじさ」
「リックゥ!!ライトォ!!ゼノビアを連れて…逃げろォ!!」
ゼノビアの小さくか細い声を遮るように、ガルフが叫んだ。
口から血を垂らし、既に意識を保つ事さえも困難であると言うのに。
ガルフはその場に踏ん張っていた。
その両手で、少女を押さえつけんと抱き締めていた。
《わア……なぁンのつモり?》
「逃がさない…為だよ…このクソったれめ………」
少女は冷めた表情を浮かべている。
その行動に、一体何の意味があると言うのか。
抜け出そうと思えばすぐにだって出来る。
ましてや死にかけの人間一人の力など、大したものではない。
そう思っていたのだが、男の右胸から自身の右手を引き抜く事が出来ないでいた。
それはまるで、強い力で締め付けられているような圧迫感があった。
《……へェ、こんな力が出せるだなんて》
死に間際の全力、これが火事場の馬鹿力という奴か。
遥か昔に聞いた、そんな言葉を少女は思い出す。
人間とは、真に追い詰められた時に初めて本当の力を発揮するという。
ならばこれこそが、この男が持つ底力なのだろう。
《……およ、あララ?》
ふと、意識を外に向けた少女は気づく。
少女を覆うようにして拘束してきた為、視界は塞がれていたが残りの人間の気配は感じていた。
その気配が付近で感じ取れなくなっていた。
《……だァれもいなくなっちゃった?》
右腕に対する圧迫感もなくなっていた。
男の身体から自重がなくなり、少女に伸し掛かるように崩れていた。
右腕を引き抜き、そのまま地面に倒れたガルフの身体。
その死体を門の傍に寄り掛からせるように移動させた。
《これハちょっとした敬意だヨ。恐がりながらもアタチへと迫ったオジサンへのね?》
さて、と少女はその手に握るエーテル晶石を指先でつまみ、血の滴るそれを口の上へと持っていく。
《…ん…あむ…》
そして、舌で掬いとるようにして、エーテル晶石を口へと含んだ。
舌で転がし、咀嚼しながら、ゆっくりと味わうように、少しずつ飲み込んでいく。
一欠片も余す事なく飲み込んだ少女は、満足げに唇を舌で舐めた。
《―――ん、逃げるにシても、開けてオイた道は遺跡へ続く門のみ。例えそこが行き止まりであっても、中へ逃げるしか出来ない》
指先についた血を舐め取っている傍ら、指示を受けた霊魔が続々と遺跡内へと入っていく。
15体程だろうか、遺跡へ入ったのを確認した少女は残りの霊魔の動きを止めた。
これ以上は、遺跡内部のキャパがオーバーだ。逆に動けなくなるだろう。
《さっさと終わラせて、オタカラも守って……ゼノビアだっけ?あの子は『素体』としてアタチの傍に置いておこう……フヒヒ、たァのしみー♡》
動きを止めた霊魔が再び黒い泥水のような液体へと形を崩していく。
一度地面に染み込む様に広がると、それらの黒いシミは全て少女の足元へと収束していく。
あっという間に外には少女以外、誰もいなくなった。
全て取り込んだ事を確認した少女はゆっくりと歩き遺跡の中へと入っていった。
残りは消化作業と言わんばかりに。
お遊びに満足して片付けを始める子供の様に。
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