第9話・追憶♯2 それは霊魔のようなナニカ
※1
火花が跳ねる。残火が線を描く。
銃口が一直線に、霊魔の額を捉え穿つ。
「―――14匹目」
「律儀に数数えてるけど、こりゃキリがねえぞ!?」
ゼノビアと銃弾が飛び回る中、霊魔の一撃を盾で凌でいたガルフの焦りの声がその場に反響した。
遺跡に到着したガルフパーティーは大量の霊魔の群れに囲まれた。
それは唐突に、何の前触れもなく、斥候のゼノビアでさえ出現の予兆を探知する事が出来なかった。
故に今の状況は、彼等を異形の群れが包囲する形となっていた。
「遺跡に到着した途端にとんだ歓迎じゃないかねぇこれ!」
盾で霊魔を殴り飛ばしながら、片手剣で牽制するガルフが叫ぶ。
背後から近づく霊魔、それに対し動いたのはガルフの背後を担った一人の槍使い。
「ガルフさん、喋ってると体力使いますよ?ただでさえ年なんですから」
「ははは!言ってやるなよリック。そういや最近は腰痛が気になって来たとか言ってたかね?」
「おぉう?まだ29だが?てかライト、この話題でお前にだけは言われたくねえ!」
ライト・コナー、今年で28である。
リックは軽快に得物を振り回し、槍の切っ先が残像を作りながら近づく2体の霊魔の首をまとめて跳ね飛ばす。
彼等ほどじゃないしにしろ、ライトも長剣を持って霊魔の一撃をいなし、その腹部を切り裂いて1体を退けた。
ガルフ、ライト、リックは背中を合わせながら周囲を見渡した。
視界に入る霊魔の数はどれほどだろうか。
10か、20か、もしくはそれ以上という事もあるだろう。
こんな数に囲まれるなんて滅多にない。
サポーターのライトも自衛が出来るとはいえ基本は非戦闘員だ、普通なら死をも覚悟する状況だろう。
だが、こと戦力という面においては頼りになる子がいる。
年上としては歯痒いが、こればっかりは才能という奴だろう。
頭上で撃鉄が響く。
「ゼノビア!」
「うい、まかせて」
連続して響く発砲音。
空高く飛び上がり放たれた彼女の10発の銃弾が頭上より霊魔目掛けて飛来する。
そして全ての弾丸が、10体の霊魔の頭部を狂いなく正確に撃ち抜いた。
「いえい」
身体に回転を加えながら、着地する。
踊るようにと表現出来るのは彼女の華麗な容姿相まってだが、今この瞬間は死神の宣告と言えるかもしれない。
「相変わらずの洗練された無駄な動き…」
「ぶー、これが私の戦闘ルーチン。回るの、大事」
銃剣のマガジンを装填しながらもぶーたれるゼノビアを傍目に状況は動く。
彼女のお陰で包囲の層が薄まった。
ここが霧の中である事に変わりない為、すぐにでも増援が来てもおかしくないが、その前に動けばいい。
「一旦包囲を突破する!流石に四方八方はしんどいわ!」
「下がりますか?遺跡の方に向かうのは深入りして引き返せなくなる可能性もありますが」
「撤退か。遺跡の場所は把握してマッピングも出来ている。一度引いて態勢を整えるのもアリだが―――」
「ううん、大丈夫。いこ?」
リックからの進言に同意し掛けたガルフだったが、ゼノビアは何時もと変わらぬ様子で彼の言葉を遮った。
構えた銃剣を発砲すると、眼前の霊魔が一体、そのまま倒れる。
「私がいるから、よゆーだよ。まかせて」
胸元で小さくサムズアップした彼女の自信ありげな表情にガルフ達は思わず笑いそうになった。
ああ、何と逞しいのだろうと、この小さな少女に助けられ、激をも飛ばしてこちらを奮い立たせる。
ならば大人として、みっともない姿は見せられない。
ガルフはニヤリと口元を吊り上げ、そしてリックとライトを見た。
「ゼノビアがああ言い切ったんだ。俺達がひよっちゃダメだよなあ!」
「お前は乗せられやすいんだよなぁ…」
「まあ、このままだとゼノビアちゃんだけで突っ込んでいきそうですし、僕達も遅れず進みますか」
「あらやだわこの温度差」
彼等はそれぞれのテンションのまま、遺跡を目指し駆け始めた。
走りながらも立ちはだかる霊魔を斬り捨て、撃ち抜き、そしてそれらが屍を晒し続ける。
先頭を走るのはゼノビア。
照準をつける間もなく発砲し続ける彼女に見えているのは何なのか到底想像つかないが、これが上位探索者の一人と目される者の動きなのだろう。
「14、15、16、17―――」
地面を蹴ると、ふわりと宙を舞う。
すれ違い様に銃剣は振るわれ、確実に霊魔を倒す為に、その銃撃は必ず急所を穿つ。
「―――20」
舞うように戦う彼女が地面に降りれば最後、そこに敵対者は残っていないだろう。
ゼノビア・クロエット。
ゾルダードギルドにおいても一目置かれる存在。
アラタを追いかける。置いて行かれたくないの一心でここまで来た執念の少女である。
「隊長、目の前に大きな入口」
「了解!…てか先走り過ぎだ!」
ガルフ達も何とか追い付く。
探索者として彼等も身体能力は高い筈だが、ゼノビアの速度に付いて行くのに必死であった。
「さ、流石嬢ちゃん…早過ぎる…!」
「ここまでの速度は、久々じゃないですかね、あの子も…」
「まあ、数も多かったので、ちょっと本気だしたかも?」
ヘトヘトな彼等に笑みを浮かべるくらいには余裕のあるゼノビアだったが、ふと周囲を見渡すように身体を動かした。
「…ふぅ、どうした?」
「…………隊長、ちょっと変」
「あ、変って?」
「周り」
「周り?」
ゼノビアに促されるようにガルフも周囲を見る。
なるほど、霧も濃い静かな場所だ。
先程までと違い霊魔の一匹も見当たらない。追いかけてくる影も見えない。
「………待て、何もいない?」
ゼノビアが20体目を倒してなお、霊魔は蠢いていた。
それこそ、強行突破する過程では障害と成り得る個体しか狙っていなかった為、その周囲にはまだまだ相手取っていない霊魔がいる筈なのだ。
なのにいない。
文字通り姿形も見当たらない。
妙な静寂が気味悪い程に広がっている。
《あっレー、何か来ちゃッたァ?》
所々にノイズを走らせた様な誰とも知らない少女の声が聴こえた。
「!」
ガルフ達は見た。
それは遺跡正面、自分達の一回りはある大きな扉の前。
崩れた瓦礫の上に腰掛けてブラブラと足を揺らすのは、浅黒い肌をした白髪の少女だった。
何かの布切れを外套のように纏う以外に、衣服を着ていない。
外套の下から素肌を晒し、そこから覗かせる手足には黒い何かのタトゥーのような物が刻まれていた。
《ここハね、来ちゃダメだよ。何故ならアタチのタカラモノが眠った場所なんダから》
幼い少女のように見えた。
それこそゼノビアよりも幼く、そして無邪気そうに思えた。
だからこそ、警戒する。
その存在と、この場所のアンマッチな組み合わせ。
《あれ?何だカ顔怖くない?こんな、いたイけな女の子相手にそんなビビる事あるゥ?》
ただのいたいけな少女が霧の真っただ中の遺跡にいるものかよ、とガルフは思わずにいられない。
しかし、そんな事さえ言葉として出せないでいた。
ガルフと、リックやライトも目の前の少女が放つ圧を前に金縛りのように動けないでいる。
(何なんだよ、この感じは……霊魔っつう化け物を相手どってきた俺達が、見てくれがただの子供に……怯えている?)
いや、むしろこの感覚が正常なのかもしれないとさえ思い始める。
アレは間違いなく人間ではない。
ではアレは、自分達が知る霊魔なのか。
いいや、恐らく違うだろう。
強いて言うなら、霊魔の様なナニカ―――今の我々が知りようのない未知の化物だ。
「………君、だれ?」
言葉を出す事さえも憚った空気の中で、ゼノビアが口を開けた。
彼女もまた相手の放つ圧を前に身体が竦むが、それでも動ける。
戦おうと思えば戦える。
銃剣の引き金に何時だって指を掛ける事が出来る。
そんな姿を見た少女は表情を変えた。
《アはは!なァんだ、ちゃんと話せるのイるじゃーん。てっきリ口も聞けない木偶ばかりだと思っちゃっタ!》
楽しそうに声色が弾む。
足をジタバタさせながら少女は笑う。
《それに君は、何カ強そう。そこの3匹よりも全然歯応えあルんじゃないかなぁっテ》
少女は口を開けた。
異様に発達した犬歯を見せつけるようにしながら、そして
《―――ちょっト、試しちゃオっか》
「―――ぇ?」
その少女はすぐ目の前、ゼノビアの眼前までに迫っていた。
《わっ♡》
鋭い爪先、その細腕がゼノビアの顔を目掛けて突き出された。
そして、甲高く響く。
火花が散った。
《あっはハハは!防がれチャったァ♡》
「なに…この子…っ!」
まるで悪戯を成功させたかのように、少女の表情はコロコロと変わる。
それに対してゼノビアに余裕はない。頬を冷や汗が伝う。
受け止めた筈の銃剣の刃腹に、少女の爪先が食い込んでいる。
「!?」
ミシッと銃剣から音が漏れた
《ふヒひ、このまま内側かラ壊れちゃうかモー?》
より深く、爪を突き立てようとしている―――。
「…!!」
振り払おうとするが、駄目だ。
その幼い容貌に似合わぬ怪力、単純な身体能力で言えばパーティー内で一番の身体能力を持つ筈のゼノビアが押し負けていた。
《どウする?どうするゥ?このままアタチにさァ…潰さレちゃうゥ?》
「それは……勘弁して欲しい…っ!」
《じャあ、どウするのー?》
「こうする…!」
ゼノビアは銃剣を手放した。
《およ?》
拮抗していた力の一方が消え、少女は前のめりとなる。
その瞬間、少女の顔面に強い衝撃が走った。
《ぐベっ》
弾かれるように仰け反る少女。
そしてその目の前に拳を握り構えを取ったゼノビア。
衝撃でふらつく少女、前後に身体を揺らしたまま、衝撃で揺れる頭を戻そうとした時
《うバっ》
再び殴打。
《ぐフっ》
殴打、殴打、殴打。
狙う箇所は主に顔面。
反撃の隙は与えない。
敵に正常な判断と行動を取らせない為、執拗に狙う。
「飛べっ」
そして、そのまま勢いをつけた一発で少女を吹き飛ばした。
「…………いたい」
残心をとり、一息つく。殴った拳が痛む、柔肌に見えて鉄の様に硬かった。
足元に転がった銃剣を拾い、少女が吹き飛んだ先へと銃口を向けた。
《あっはハはは、いっターい。けどいい判断だったねェ》
少女は何事もなかったかのように、その上半身を起こした。
「………ほんとうに、君は何なの?」
《答える義理はないカなぁ。》
だけど、と最後に一言加えて少女は笑顔を作った。
《遊んでクれたら、答えるかもしレないよ?》
ゼノビアの表情が強張る。
少女は両腕の爪を煌めかせながら、再び襲い掛かった。
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