第8話・唯一助け出せたのは
※1
肥大化霊魔を斬り伏せるまでに見せたアラタの動きに、グレイは驚きで目を見開いていた。
アラタ・アカツキという探索者がギルドにおいて上位傭兵として名を刻んでいる事は知っていたが、まさかここまでとは思いもしていなかった。
(エーテル晶石を心臓に埋め込む事によって、探索者となる者は超人的な身体能力を手に入れられる。その際の影響は当人の資質、エーテルとの適合率によって個人差が出るとは聞きましたが…)
グレイもまた、その身にエーテル晶石を埋め込んだ探索者だ。
だからこそ彼の身体能力は一線を画するという事も理解出来る。
(少なくとも、私には無理ですね。彼の動きは、真似するようなものじゃない)
恐らくは並みの探索者でも彼程動ける者もいない筈だ。
後は、と彼女が注目したものがもう一つある。
天性とまで言えるアラタとエーテル晶石の親和性が齎した圧倒的身体能力、そしてそれに追随する形で必殺の一撃を可能とする剣。
間違いない、彼女が所属している技術研で開発が進められていた武器の一つ。
「アカツキさん…その剣はE兵装だったんですね」
「…ん?ああ。確かにこれはスタープライドさんの所で開発された武器の試作品だ」
刀身を光の刃へと変えたそれを振るい、元の実体剣へと戻したアラタはゆっくりと鞘へと戻す。
E兵装。
要塞都市ニヒト、ゾルダードギルド主導によって行われるエーテルリソースを用いた新兵器の開発計画…それによって生み出された成果の一つ。
既存の探索者の武器からかけ離れない事を条件とし、そこに様々な機能を盛り込む事で霊魔に対し特攻となる武器を作り出す。
現在はまだ試作の粋を出ないが、実証試験と称して幾人かの探索者に送られていたのだが…。
「まあ、考えてみればアカツキさん程の探索者にE兵装の贈与が行われていたとしてもおかしくなかった……けど細かいですねこれ?外見を偽装してぱっと見何の変哲もない鉄の剣にしか見えなかったですよ」
「そりゃお前、如何にも特別性の武器を持ってますってナリのを腰に下げてみろよ?絶対に目立つから」
自分から目立つような事はしたくないのさ、と言いながらアラタは鞘に納めた剣をポンと手で叩く。
一息つくと、アラタは肥大化霊魔へと視線を向けた。
あれだけ膨張していた肉体は、今や風船の空気が抜けるかの如く少しずつ縮んでいる。
「俺だから問題なかった、か」
初めて遭遇したタイプであり、あのような大量の触手爪による面攻撃は脅威だ。
自分だから出来るゴリ押しで何とかしたが、その他の探索者がこれと遭遇するとなれば、被害は免れないだろう。
「報告は絶対として、サンプルも確保しておくか――――」
そう言いながら、肥大化霊魔の傍まで近付き膝を着いた。
今なお縮み続けるそれは、やはり小さくなれば元が人型であった事を確認出来る。
そして、サンプルとして肉片を切り取ろうとしたアラタの手は、その縮み切った死体を前にして止まっていた。
「……アカツキさん……これは、こんな事って……」
気が付けば、アラタの隣にしゃがみ込んでいたグレイも呆然としている。
「―――なあ、スタープライドさん。技術研にも霊魔の研究部門ってあるよな?」
「……ええ、ありますね。あらゆる装備の開発も、まずは敵を知らねばなりませんから」
「なら、こういう事って今まで事例として、あったか?」
「…………いいえ、少なくとも、私は聞いた事がありませんでした。もし、あったとしても…」
そこまで言い掛けて、その先は言わなかった。
改めて言うまでもないだろう、目の前の光景こそが現実だ。
「……ああ、言い触らせるもんじゃないよな」
その肉塊の正体は、霊魔ではなかった。
そこに転がる死体は、自分達と同じ元は血色が良かったであろう肌色で、顔付きもアラタが見覚えのあるものだったのだから。
ガルフパーティーのサポーター、ライト・コナー。
間違いなくその人の死体が、身体を横に両断された形で倒れていた。
※2
見える範囲では通路の左右には4つずつ扉があった。
グレイは小走りで扉の1つに近づくと、ドアノブに手を伸ばす。
「扉が歪んでますね……あ、やっぱり開かない」
「ひとまずは開く場所だけ確認したらいい……ここは開くな」
長く人の手が付いていなかったからか、もしくは何らかの外的要因か、明らかに状態が悪い扉もある。
一つずつドアノブに手を掛けながら進むと4つ目の扉のドアノブが回る。
一番傷が少なく、開閉も出来そうだ。
「スタープライドさん、ここは開きそうだ。念のためフォローを頼む」
「分かりました。霊魔が待ち伏せするなんて事は恐らくないとは思いますが―――」
そう言い掛けたグレイの言葉に耳を傾けながら、アラタは扉を開けようとした。
その瞬間
こちらが開くより先に扉が開くと、何かがアラタに飛び掛かってきた。
「つ!」
「アカツキさん!?」
グレイは咄嗟に小型銃を構えたが、すぐにその引き金を引く事はなかった。
霊魔か、と思えばそうではない。
小さい身体、毛先のはねた金髪。
突っ込んだアラタの胸に顔を埋めるように、そのまま背中に手を回し抱き締めている少女。
アラタが探していた少女。
「ア゛ラ゛タ゛ァあああああああああああああああ――――!!」
「ちょ!?」
「わ、わ、わ、こんな所でそんな大声をっ!」
唯一の生存者、ゼノビア・クロエットが泣き止むまで、アラタは落ち着かせるように頭を撫でる事しか出来なかった。
「―――ごめんね急に。けど声が聴こえて、幻覚かもって思ってても思わず身体が動いて…」
「いや、気にするなよ。ここまでの事、色々あったんだ…よく踏ん張れたな、ゼノビア」
「うぅ……」
未だにアラタから離れられずに身体を寄せたままのゼノビアだったが、アラタ達が持ってきた携帯食で空腹も満たすと少しだけだが落ち着きを取り戻す事が出来ていた。
「クロエットさん、飲み物です。熱いので、ゆっくり飲んでくださいね」
「……えと……ありがと…ござます…」
グレイが簡易熱ポットで用意したホットココアを受け取り、チマチマと口を付けるゼノビアを見る。
それを見ている彼女の表情は凄く笑顔だった。
「……何でそんなニコニコしてんの?」
「え?」
アラタが問うと、グレイは驚いた様に声を上げる。
「ニコニコ、しちゃってます?」
「ああ、無自覚か?」
「無自覚で笑っちゃう私キモイですね」
「ネガってんなおい」
左右の頬を両手でムニムニとしながらグレイは苦笑いを浮かべる。
「……いえ、クロエットさん。何だか凄く可愛いですね?」
「急に小声で言うじゃん」
「だって、本人に聞かれたら気持ち悪がられそうじゃないですか」
「その本人が今俺から離れられてないから会話全部聴こえてるけどな」
「…………うい」
「あ、しまった。けど照れてます?何だかその表情見てるとキュンキュンなんですけど」
「とりあえず今のお前の距離感は大分こいつに過剰だから離れとけ」
ゼノビアが籠っていた部屋に戻り、休息も兼ねて3人は暖を取った。
携帯式の道具や食料を幾つも持ってきていた為か、心身共に疲弊していたゼノビアの体調も幾らか回復させる事が出来たと思う。
「……改めて、言うね。助けに来てくれてありがとう…アラタ、と…クロエットさん」
流石に気恥しかったのだろう。
アラタから離れ、二人と向かい合う形で座り直したゼノビアは自身の武器である銃剣をしっかりと握り締めていた。
「正直、ここまでかと思った。皆と逸れて……ううん、皆が私を逃そうとして、一人ずついなくなっていって…それで…」
「ゼノビア、無理しているなら…」
「ううん、大丈夫。これは、話さないといけない」
心配するアラタを制すると、ゼノビアは覚悟を決めた瞳を向ける。
「私達を、襲った何か。ガルフおじさんを……殺した何か」
指先が震えている。
恐怖は未だ拭えない、しかし、これだけは話さないとダメなのだ。
「多分、まだこの遺跡にいる筈だから」
2人にも知って貰わねばならない。
きっと、ソレとまた戦う事になると思うから。
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