第7話・対峙する。そして

※1




夜を過ごした後、ガルフ率いるパーティーはキャンプ地より出発する。

斥候であるゼノビアを先頭に、探知用コンパスの反応を元に彼らは進む。


進行は順調、ゼノビアによる見敵必殺の早業は今日も冴えわたり、彼等パーティーは危なげなく、ついに到着する。


巨大な建造物、経年劣化を思わせない状態と、やはり見慣れない特徴的な外観。


エーテルリソースが眠る古代遺跡が目の前でその存在感を示していた。


「やっと見えた、けど……霧が濃すぎで、何かやな感じ…」


「そうだなぁ…普通なら、エーテルリソースが眠るであろう遺跡を見つけた手前、踊り出すくらいには喜びたい位だが…」


「踊るの?」


「踊らねえよ、例え話だ」


ゼノビアとガルフの軽口の応酬は続くが、彼等は警戒の構えを解かない。

リックも槍を手に周囲を見渡し、非戦闘員であるライトでさえ、今の異様な雰囲気を察していた。


「ここまで濃い霧は初めてですね……ガルフさん、どうします?」


「そうだな…」


考え込む時の癖なのか、鞘に納めている剣の柄頭を撫でるガルフ。

とは言っても、どうするべきかは既に決まっている。


「悩むまでもない。初めての状況でリスキーではあるが、目的地はすぐ目の前にある」


「何が起こるか分かりませんよ?」


「そうだな。だとしても…安全ばかりを意識しても得られない物もあるじゃないか」


その表情には自信が満ちているようだった。

リックもまた分かり切っていた事だったのだろう、特に反論するつもりもないらしい。


「俺達なら大丈夫だ」


ガルフは大きく頷きながら言った。

そして彼は考え、決断する。


これまでの様に、今までと同じように、そしてそれが最適解だ。


「探索者として、今回も任務を終わらせようぜ」


今日この時まで、彼等はずっと生き残ってきたのだから、今回もきっと大丈夫だ。










それを過信であると言えない。

結果論を掲げて、その判断を愚かだと断ずる事はナンセンスだ。


彼等の経験が、実績が、今この瞬間を選択した。それが良い結果へと繋がると信じて


今回はそれがダメだった、選択を失敗した。何時もと違う選択こそが正解だった。


ただそれだけの話だ。


運がなかったのだ、今回の彼等は。




※2




遺跡内部へとアラタとグレイが進入し見た光景は凄絶だったと言えるだろう。

ソルダードギルドのエントランスルームを思わせる、扉を入ってすぐの広い空間は古代から残る故の劣化や損傷とは別に、明らかに破壊されたと思わせる痕跡があちこちに存在していた。


何かの大量の血痕だけが残り、そして幾らか歩いた足元に転がっている冷めた薬莢。


「ゼノビア……」


足元に転がるそれを拾い、険しくさせた表情はより眉間に皺を寄せる結果となる。


「破壊痕も、恐らくは戦闘によるものではないでしょうか。経年劣化による崩壊にしても、こんな血痕がへばりついてるのは…」


「俺達の血も、奴等の血も赤い。どちらの流したものかは分からないけど…」


アラタは、その状況がおかしい事を察する。

それはグレイも同じだったようで、途中までの彼の言葉の意図に気づき、頷いた。


「死体がない、ですね。探索者の方にしろ、霊魔にしろ、これだけの大量の血痕ならば、きっと無事ではないのだってある筈…」


この光景の中に残るこれらは明かな戦闘の痕跡である。

戦闘の余波で破壊されて、何らかが流した大量の血痕もあちこちにあって、だというのに死体の類が残っていない。


もしくは、これだけ流してなお、辛うじて生存していたのか?


「いや、それでも説明出来ないんじゃないか?」


予想した所でまた考える。

それなら猶更おかしい。


移動するにしてもそこには必ず何等かの痕跡が残る。

血を流しているのなら、それを完全に止める手段でもなければ、その行き先に転々とした血痕が残ってたっておかしくないのだ。


それさえも、見当たらない。

この空間から奥へと伸びる唯一の道には、血痕の一滴だって、落ちているようには見えなかった。


「進みますか?」


「ああ、問題ない。進もう」


グレイの問いに答える。


この状況は不気味だ。

しかし何時までも考える暇なんてないのだから、今は少しでも早く奥へと進むのだ。


ゼノビアや探索者達の姿が見えないという事は、まだ生存している可能性だって残っているのだから。




そうやって僅かに見出した希望だったが、それは早々に崩れる事となる。


入口入ってすぐの空間中央から奥へと伸びるのは数人が横に並んでも問題がなさげな広い通路。

そこをアラタとグレイが警戒をしながら進んでいると、その途中にて赤いナニカが視界へと入り込んだ。


「!」


アラタは反射的に駆けた。

一度目の経験もあって、グレイも遅れずに彼に追従出来た。


そこには、うつ伏せとなって倒れる男の死体があった。

軽鎧を着た金髪の、恐らくは槍であったであろう半ばから折れた棒切れがすぐ傍に転がっている。


「………リックさん」


ガルフのパーティーにて槍術を振るうガルフと共に前衛を担う戦士。

パーティー内においてメンバー内の間を取り持つことを率先して行うような穏やかな性格の男だった。


「リック・カッチェさん……2人目ですか」


口を押さえながら、グレイは呟く。

リックの状態は、ガルフと比べ凄惨である。


入口前のガルフが一撃で急所を抜かれたものであったのに対し、リックはその背中に幾つもの爪痕が刻まれている。


執拗に、滅多打ちに、幾多の殺意がリックへと群がったかのようだった。


グレイは顔を顰める。

ガルフの死体は、まだ人としての尊厳が保たれているように感じられた。

それをやったであろう霊魔に対して、何を思っているのだという話ではあるが、何故かそこには技術的な余裕と、情けのような物を感じてしまっていたのだ。


それと比べ、彼はどうか。


所々が毟り取られたかのように欠損した肉体、急所目掛けて所構わず刃を振り下ろす様な、余りにも激しい暴力と殺意。


「……惨い…」


「………」


声を震わすグレイの傍ら、アラタは更に先の通路へと目を向けた。

光が一切届かない暗闇、その中で霧も漂い、建物内であってもゴーグルなしで視界を確保する事が困難である。


「……スタープライドさん、意識を切り替えろ」


「え…」


「正面、来るぞ」


アラタが握っていた剣を眼前へと突き出す。


その瞬間。


鞭のように撓りながら、4本のナニカが通路の奥底から迫ってきた。


「おっと」


正面からの2本は身体を捻り避けた。

左右から挟むように来た2本は剣で弾く事で自身の身へと届く前に退けた。


「アカツキさん!」


グレイが小型銃を構え、照準を合わせる暇もなく発砲する。

発砲音が響き渡り、空を切る。


そして、何かに着弾する。


聴こえる。


黒闇の奥からゆっくりと近づいて来る足音が

そしてその姿を現す。


「………何ですか、あれ」


「さあ、俺も初めてみるタイプだけど……やばいってのは分かる」


通路を埋める程に肥大化した肉体。

シルエットから恐らくは腕であろう二つの肉塊から伸びる、触手の様にうごめく複数の爪。


そんな身体に対して余りにも小さな頭部、爛れた肉の中から覗かせる目がアラタとグレイを見つめる。


「醜悪が過ぎる……だが、放置も出来ないか」


吐き捨てるようにアラタが呟く。

その言葉に頷きながらグレイもまた小型銃を構え直した。


通路を塞ぐようにその巨体を揺らし、その霊魔は両腕を再び掲げる。

再び触手の爪が、来る。


「ちっ!」


「うわっ!?」


今度は4本所ではない。

幾多の触手が様々な機動をさせながら、正面の二人へと殺到した。


「障害物もほとんどない一本道での面攻撃……!」


迫る触手の全てを切り払う。

連続して迫る攻撃、反応が遅れれば一瞬で串刺しだ。


唯一の救いは肥大化霊魔の攻撃が恐ろしく軽いこと。


アラタの振るう剣圧で複数をまとめて払う事が出来る。


「装填する暇がないですね。キリがない…!」


グレイの銃撃は触手を撃ち落とす事が出来ている。

だが、すぐに奴は勢いを取り戻し再び押し寄せて来る為、近づく事も儘なっていない。


ジリ貧だ、とアラタは内心零す。

故に今の状況を打破する為に動かねばならない。


「やってやるか」


「アカツキさん?」


「スタープライドさん!ちょっと埒が明かないから……突っ込むわ!援護よろしく!」


「正面から突っ込むんですか!?」


「それしかないし俺なら出来る!行くぞ!」


「わっ、ちょ……了解!?」


アラタは剣を力一杯に振るった。

そして巻き起こる衝撃、物理的に相手を吹き飛ばしかねない程の強力な剣圧が蠢く無数の触手を打ち上げ、壁や天井に叩きつけた。


「す、すご…」


後方で射線に入っていなかったのに、自身も体勢を崩しかねない程の衝撃に思わず言葉が漏れるグレイ。


唖然とする彼女をよそにアラタは動く。

姿勢を低くし、そしてそのまま、地面を蹴った。


地面擦れ擦れを飛ぶ。


そう表現せざるを得ない。

彼は地面を一蹴りしただけで、数メートル先の霊魔との距離を一瞬で詰めてしまった。


間近で見上げるアラタ、どこか驚いた様に見える霊魔の瞳。

打ち上げられ、叩きつけられていた触手が、再び動く。

全ての触手がアラタを貫かんと、切り裂かんと一斉に動く。


だが、それよりも速く。


アラタは切り札の一つを切った。




「光剣」




アラタの腕がブレる。

認識出来ない程の速度で振り上げられる手から放たれる一撃。


その刀身は気づけば実体剣のそれではなく、一回り長くなった光の剣と化していた。


そして霊魔は


「…………………ぁ、ぇ」


漏れ聴こえた音、それは声のように聴こえて……しかしアラタは否定する。

霊魔は声を発さない。


これは、ただの雑音だ。


霊魔の腹部が大きく切り開かれる。

そしてそのまま、斜め斬りされた上半身がズレ落ちた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る