第7話

「……いいえ、私はただの田舎者ですから」


「そんなことは無いさ。

 君は本当に、賢くて綺麗な人だ」


「止めてください、もう」


アンジェラは顔を赤らめた。

この日、彼女の元にウィリアムズが現れた。

彼は全く別の私用で立ち寄った際に、素敵な人がいたから思わず声をかけてしまったと彼女に説明した。


実際のところは冷やかしに行こうとしたのだが、アンジェラの容姿を見て、ウィリアムズは急遽目的を変更したのだ。

アンジェラとしても、田舎の芋臭い男とは違い、見た目に気を使い、紳士的なふるまいのウィリアムズに心惹かれていた。


「しかし、驚きました。

 私の幼馴染のジョンも、ウィリアムズさんと同じところに配属されたんです」


「あ、ああ。そうだね」


ウィリアムズは言葉を詰まらせたが、アンジェラはその様子に気が付かなかった。


「彼は迷惑をかけていませんか?

 昔から情けない子で、私と同い年にはとても見れなくて」


「ふむ、彼と親しい間柄ではないのかい? 」


「親しいだなんてそんな……!

 親しいどころか、いつも私の顔色を窺ってきたり、ついて着たり、困っていたくらいです! 」

 

アンジェラは気恥ずかしさと、身内を下げる意味合いも込めてそう言った。

しかし、ウィリアムズは彼女のその言葉に安堵した。


「なんだ、そう言うことだったのか。

 それなら良かった、彼なら死んだよ」


彼は爽やかな笑みで、訃報を告げた。


「……はい? 」


「君の言う通り、本当に臆病な男でね。

 随分と情けない死にざまだったよ、ははは。

 ……アンジェラ? 」


既に、アンジェラは目の前の男の声が耳に入っていなかった。

彼女の大きな瞳は焦点を外していて、顔面は蒼白だった。

ずっと、死んだよという言葉と記憶のジョンが頭の中でグルグルしていた。


彼女はたまらずトイレへと駆けだし、全てを吐き出した。


暫くは吐き続け、幾分か動悸が収まってきた頃、彼女のもとへウィリアムズがやってきた 。

彼は優しく自身のハンカチを手渡した。


「大丈夫かい?

 その、もしかすると、僕はちょっとした失言をしてしまったかな? 」


「いえ、、正直、お話の内容を覚えていなくて……その衝撃的で」


「確かに幼馴染の死は、耐え難いものだ。

 ジョンも考えたら、その、優しかったような一面もあった気がするな」


部下ジョンのフォローではなく、アンジェラの為にウィリアムズは必死にフォローした。


「僕もジョンのことは悲しいよ。

 だが、立ち止まっては居られない。

 彼を殺したのも、あの忌まわしいゲリラたちだ。

 どんなことがあっても、僕らは立ち向かわないといけないんだ! 」


「そう、ですね」


「君が悩んでいる昇進の話だけど、受けてみるといいじゃないか。

 聡明な君が司令部の一員となれば、前線の僕らも安心して戦えるというものだ。

 何でも相談に乗るよ」


ウィリアムズは爽やかな笑みを浮かべて、しかし、内心では行くとこまで行けなかったという苛立ちを感じながら、彼女に別れを告げた。


その後、アンジェラは早退して自宅に戻り、故郷に電話を掛けた。

震える声でジョンが死んでしまったと、集落一番の友人に打ち明けた。


「え、そうなの!? 」


「私も信じられないんだけど……」


「よかったじゃん! 」


「えっ」


友人の弾けるような声に、アンジェラは絶句した。


「アンジェラ、ずっと困ってたもんね。

 あいつ、いつも後ろついて来るって」


「いや、本気で言ってた訳じゃ……」


「でさぁ、アンジェラがあいつを遠ざけようと色んな仕事押し付けてるのに、あいつ全部やっちゃってさぁ。もう、きんもーって」


「それは……」


押し付けた訳じゃない、他の人達が信用できなかったとは、アンジェラには言えなかった。


「でも、やっぱり知り合いが死んじゃったら、不安にもなるよね。

 そうだ! 私そっちに遊び行こうか?

 結構栄えてるんでしょ、そっち。電車の切符だけ送ってよ、そしたら……」


アンジェラはガチャンと電話を切った。

彼女は頭を抱えた。

いつだって、故郷の皆は、ジョンの事になると理不尽な態度を取る。

でも、友人の言葉からすると。


「全部、私のせいだって言うの……!? 」


違う、集落の皆が陰湿なだけだっただけ。

それに、ジョンがもっとしっかりとしていれば。

アンジェラは誰かに肯定してほしかった。

そんな時、彼女の脳裏に浮かんだのはウィリアムズだった。

彼女はウィリアムズの内面を見抜くことが出来ず、彼の存在に一抹の希望を抱いた。










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