第6話

 謎の女性が逃げ出した後、ジョンはあたりを見回した。

 暗い部屋に目が慣れて来ると、様々なことが読み取れた。

 まずわかったのは、此処は刑務所や軍事施設のような堅牢な施設ではなく、普通の民家だということだ。

 だが、それは胸を撫でおろす理由にはならない。

 臆病者のジョンは、入隊した後、どうにか戦場で生き残ろうと軍の教本を穴が開くほど何度も何度も読んだ。

 その教本では、山岳ゲリラたちは何の変哲も無い民家を根城とし、民間人のように振る舞い、突然、攻撃を仕掛けてくると書かれていたからだ。


 だとすれば、彼らの目的は。


「人質か」


 ジョンが呟いたとき、開けっ放しだったドアから、今度は男が入って来た。

 明かりがつく。

 その大柄のスキンヘッド頭で、サングラスをかけていた男は、野蛮なゲリラというよりは、医者とか弁護士とかそういうインテリな見た目をしていた。


「ふむ、私達を不振がるのを無理はない。

 どうせ、公国の教科書は高地ここに住むものは皆、野獣とでも教えているのだろう。

 だが、安心してほしい。

 君に危害を加える気はない」


 そんな筈はない、だったら、この手錠は何だとジョンは思う。

 だが、男はジョンの考えを見透かすように答えた。


「手錠は手術をする為だ。

 この村の近くで見つかった時、君は瀕死だった。

 腹を縫おうとしたが、君が暴れるもので、止む無く手錠をしたわけだ」


 ジョンは驚いて、身体の様子を確かめる。

 腕や首に手当の後があり、身体を動かすと、確かに腹を縫われている感覚がある。

 そして、驚くことに男はジョンに付けられている手錠を外した。

 しかし、逆に意味が分からなかった。


「何か言いたいことがあるようだな? 」


「き、傷の手当てには感謝します。

 ですが、僕をどうするつもりですか? 」


「君の身の安全は保障する。

 3週間後には、傷も治る筈だ。

 脚は用意するから、それで故郷に帰りなさい」


「は? 

 では、僕の命を救っただけだというのですか?

 一体、なんのため――」


 そんな都合の良い話が自分なんかに降りかかるわけが無いと、ジョンは声を荒げようとした。

 しかし、その時、ズキンと肺に激しい痛みが走った。


「傷は完全に治った訳ではない、安静にしているんだ。

 今日はゆっくり休むと良め。

 自己紹介が遅れたな、私はスミスだ。

 この家を空けることが多いが、君の世話は、私の妹がしてくれる筈だ」 


 スミスは紳士的にドアを閉め、部屋を後にした。

 扉が閉まる寸前、ジョンはそこに落ちる影に気が付いた。

 最初に出会った女性、恐らく、スミスの妹だろう。


(やはり警戒されている、きっと、これにはなんかの目的があるんだ)


 一人残されたジョンは、必死に脱出の策を考えた。

 しかし、傷の癒えぬ身体は満足に動かせず、頭も回らず、ジョンは直ぐに泥のように眠ってしまった。


 ◇


「ええい、クソ! 」


 凍えるような寒さの公国の前線基地の事務室で、ジョンを見捨てたウィリアムズは燃えるように激怒していた。

 ウィリアムズは国防大臣の息子として、相応しい英雄的な戦果を出す必要があった。

 けれども功を焦るばかりに無謀な突撃を繰り返し、それで自分の身が危なくなると補充された新兵を犠牲にし続け、遂に自身の部隊への新兵の補充が間に合わなくなったのだ。


「どいつもこいつも無能ばかりで、僕を苛立たせる……! 」


 ジョンを始めとした新兵たちを死なせたことへの罪悪感は無いようだ。

 彼は5歳児のような癇癪を起して、その辺に積み上げられていた郵便物を乱暴に手で払いのけた。

 その際、一枚の郵便が空を舞った。

 "ジョン・クーパー宛"、そう書かれた郵便を見て、ウィリアムズは目を丸くした。

 その差出人を見て、興味が湧いたのだ。


(あんな男に女が居たのか?

 面白い、リフレッシュ休暇がてら冷やかしにいくとするか)




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